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第24話 悲しみの夜

 雫が次に目覚めた時に、その視界には真っ白な天井が眼に入り、左腕には点滴の管がつながれていた。 (ここは病院?なんで……) 「イヤ!誰か!和樹さん……うっうう、ふぅう、くぅ~」  その瞬間、先ほどのおぞまし体験が蘇り身体は震えて、雫は飛び起きようとしたが、あらぬ所の痛みに身体は直ぐにベットに沈み込んだ。そしてその瞳から涙は止めどなく流れ落ちた。 「気が付いたか?」  その時いきなり視界に飛び込んできた影に瞬間的に雫の身体は強ばった。恐る恐る視線を合わせるとどこかで見かけた事のある顔がそこにはあった。 「驚かせて申し訳ない。瀬川だ、分かるか?」 「あの、えっと、和樹さんの……」 「そう、以前インターフォン越しで話しをさせてもらった瀬川だ。この度の事、あなたを救えなかった事、全て俺の力量不足だ。すまない」  あの忌まわし出来事は去った事だと雫は頭の中で理解しはじめていた。そこには紛れもなく自分を救出してくれたであろう瀬川が頭を下げているからだ。それでも恐怖で固まった心が解れるには時間が必要だった。 「あなたが僕の事を?」 「ああ、間に合わなかったが奴は蹴り倒してやった。どうか和樹さんの事、嫌いにならないでやって欲しい」 「もちろんです。悪いのは僕だから……でも……」  眼を伏せ話す雫の頭にはあの男が言った『君、邪魔なんだよねぇ~』という台詞が響いた。そして、瀬川のお陰で治まり始めていた震えが蘇り、再び雫の身体は小刻みに震え始めた。恐怖と悲しみは直ぐに拭う事は出来なかった。それを感じ取った瀬川がゆっくりと立ち上がりベッドから離れるような仕草をした。 「直ぐお母様が戻られる。今は休んだ方が良い、さあ眠りなさい」 「母が?あの、今回の事?」  震える身体を抱きしめて戸惑いの言葉が雫の口からこぼれた。出来ることなら母親には心配をかけたくなかった。その一方でその思いが現実的ではないことも想像できた。 「申し訳ないが話させてもらった。」 「そうですか……」  力なくベットに横になる雫にその言葉に反論する気力は無かった。そして力の抜けた雫は瞼が重くなり瞳を閉じると静かに眠りに落ちていった。腕につながれていた点滴には安定剤が処方されていた。完全に眠りに落ちた事を見届けた瀬川は静かに病室を後にした。  次に雫が目覚めた時、雫の側には優しく微笑む母、綾子がいた。その手は優しく頭を撫でてくれていた。意識のない状態でもひととき安らかに眠れたのはこの手のお陰だと雫は気が付いた。幼い頃以来の優しいその感触に先ほど感じていた絶望とは違う涙がこぼれそうだった。 「朝にはまだまだまだ早いわよ。もっと寝なさい私がここに居るから」 「母さん……僕」  微笑む綾子はいつもとかわらなかった。息子がどんな目に遭ったのか知っているはずなのに気丈な綾子がそこにいた。 「雫、蜂に刺された位に思っていなさいよ。こんなことなんでもないわ」 「母さん、でも僕……いた!」  綾子の指が雫のおでこを弾く。 「あんたは私の子、それだけ。それで、その私に似た美貌のせいでトラブルに遭うのも私の血がさせるのよ」 「違うよ、僕が悪いんだ」 「違わないわ。お父さんと私の時と同じなんだもの。こんな所まで似なくて良かったのにねぇ~」  綾子はさらっと驚く話をした。 「母さんそれって」 「やだ、そんな顔しないの。私はあの時があったから芳信(よしのぶ)さんと幸せになれて、愛するアンタを授かったんだから」  大胆な話をしておいてその顔に陰りはどこにも無かった。それは父と雫との結婚生活がいかに幸せだったのかを物語っているようだった。 「アンタも和樹さんと幸せになれるわ」 「うー、ううう、うー」  その言葉に雫の瞳から涙がこぼれ落ちた。雫は綾子に頭を撫でられながら思い切り泣いた。その手の優しさの分だけ余計に泣けた雫だった。

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