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第25話 side:和樹
side:和樹
雫と連絡の取れない和樹は何度目かになる携帯のコール音を聞いていた。
「雫、これを聞いたら連絡して欲しい待っているから」
留守番電話に言葉を残して携帯をテーブルに置いてソファに腰を下ろした。
和樹は夕方、雫の働く姿を見たくて久しぶりにカフェ『ランザ』に立ち寄った。だが急用が出来たとカフェに連絡を入れて休んでいた雫には会えなかった。普段滅多な事で仕事を疎かにしない雫に胸騒ぎを覚えた和樹は何度も連絡を入れ、家の前まで行っても部屋の明かりは消えたままだった。
和樹は自宅に帰った後も食事を忘れ、雫に連絡を入れていた。嫌な予感が胸をよぎり落ち着いてはいられなかった。
(こんなこと初めてだ。どうしたんだ雫……)
その時携帯は音を立てた。画面を確認することなく反射的に携帯を手に取っていた。
「雫!」
『瀬川です、和樹さん』
和樹が勢い込んで電話に出ても相手は待ち望んでいた相手ではなかった。
「こんな時間にどうした?」
『今から部屋に伺いたい』
「今から?」
『そうだ、今から』
真剣な瀬川の言葉に了承の旨を伝えて携帯を切った和樹は雫からの連絡に直ぐにでも出られるにようにしっかりとそれを手に握り絞めた。
15分後部屋に訪れた瀬川はいつもと違いアルコールの香りを纏っていた。リビングで話がしたいという瀬川の要望に応えて和樹は部屋に入ることを許し、ソファーに座るように促した。
ソファーに座り一呼吸置いた瀬川が口を開いた。
「当事者であるお前は何が起こっているか知るべきだと思いここに来た」
「瀬川?」
ソファーに座り肘を膝に付けて前で両腕を組むよう前屈みになっている瀬川は視線をしっかり和樹に向けいつもでは考えられない口調で話を始めた。
「今日、隼人様の指示で月嶋さんが襲われた」
「なっ!」
瀬川の前に立っていた和樹はその手から携帯を落とし、スーツの胸元をつかんで立ち上がらせた。
「どういうことだ?」
「言葉のままだ」
瀬川は少しも動じなかった。お互いに強いまなざしでにらみ合った。
「親父が雫を害するように命令したのか?」
「ああ」
「俺のせいか?」
「隼人様はお前を跡取りにしたい、そう思っている。」
「跡取りは兄貴だ!」
「隼人様はそう思ってない。そういうことだ」
和樹も隼人から感じる言葉の端々で薄らとは感じて居たことだった。それでも、跡継ぎは兄であるという思いは和樹には代えようがなく、そのために隼人の事は極力考えないようにしていた。それが仇になるとは考えても居なかった。
瀬川から手を離し両手を握り絞めた和樹はその受けた衝撃に耐えるように両手を強く握り絞めた。
「それで雫は?」
「今、病院にいる。俺が駆けつけた時、月嶋さんは全裸に剥かれ暴行を受けていた」
「っく」
強く噛みしめた唇からは血が流れ出す。
「写真、動画は全て消去した」
「……瀬川、お前はこの事を予想していたのか?」
「……していたと言ったらどうする?」
「何故言わなかった!」
和樹の怒りは瀬川に向いた。それが筋違いだとしても、今この瞬間怒りのぶつけるところが欲しかった。
「お前は自分の立ち位置を理解すべきだ。」
「立ち位置?どういうことだ?」
「後は自分で考えろ。それでも今回の事は俺の落ち度だ。すまなかった」
そう言い残し瀬川は去って行った。
和樹はふらふらとキッチンに行きコーヒーを飲もうとしたが、手が震えカップを落としてしまった。雫とお揃いで買ったカップは2つに割れ、それはまるで雫との関係を示しているかのようだ。床を拳で殴りつけて雫を守ってやれなかった己を責めた和樹だった。
夜が明けるとすぐに和樹は隼人の秘書に連絡をいれ、会う約束を取り付けた。社に着きまず会長秘書に連絡を入れ部屋に足を踏み入れた。そこにはデスクチェアーに腰を下ろしデスクで書類を読んでる隼人がいた。
「久しぶりだな、和樹、今日はどうした。こんな所まで」
書類から顔を上げて和樹の方に向き合った。
「分かっていて言うのか?」
「ほぅ~、瀬川から聞いたのか?それで?」
「俺はこの会社の跡を継がない!ここは兄さんの会社だ!そして、雫とも別れない」
デスクチェアーの背に身体を預けた隼人は悠然としていた。いつもの憎らしいほどの姿だった。
「想定内だな」
冷たい瞳から目をそらさないように睨み付けた。和樹の気概も負けてはいなかった。
「俺はアンタを許さない」
そう言葉を残して和樹はその部屋を後にした。和樹の頭の中には瀬川に言われた言葉がしっかりと残っていた。
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