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第5話
そこから数時間後。
吹き出した汗を、無視しながら、警戒も忘れず、歩を進めているうちに、ぴたりと足を止め、凶王が壁に寄りかかる。
なんだ?
まさかついに魔物が!?
俺も、黒い男の後ろにならって壁に寄りかかると、含み笑いが聞こえた。
「そろそろ、休み時であろうと思っただけだ」
顔をそらしたまま、凶王がそんなことを言った。
「喰ぅて休め。我は見張る」
……おかしい。
『凶王』というのは、話の通じない化け物ではなかったろうか。
声の不快感が邪魔するものの、言っていること自体は、こちらを気遣うもののようだ。
……試しに、話しかけてみるか?
「あんたは……食べないのか」
今まで、食べる場面など見たことないが、今更だ。このタイミングで、ちょうどいい話題はこれだろう。
はたして。
「喰わぬ。お前の分しかなかろう」
……返答があった。
齟齬もない。
……彼は、普通に話が通じる。
しかも、やはり内容には気遣いが見える。高度な判断と良心を持っていると考えられる。
「あんた、話はできないと、聞いていた」
呆然と呟くと、不快な笑い声で返された。
「王族には、通じぬな」
ああ、と納得した。
さっきの王子の様子。あれでは、まともに話など、しようとしていないのではないか。
ザラザラとした不快な音声と、似合わぬ高潔な話しぶり。
道中で、何度か規格外な魔法を見たが、それも含め、本当はカリスマ性のある、すごい人なのではないか?
まさかとは思うが、王族は、これだけの人物を封じ、ガセをばらまくことで評判を下げ、自らの優位を保とうとしているのではないか?
そう思うと、スッキリするような気がする。
みんな、この見た目と声に忌避しているだけだ。これに慣れさえすれば、どうということはない。
俺は携帯食をかじりながら、自己判断の推論に納得していた。
子供騙しの作られた化け物。そういうことなんだと。
けど、まぁ、
『悪いことをすると、「凶王が来て喰われるぞ」とよく脅かされたよな』
出発前に分隊長が雑談で言ってたな。
……まさか、喰いモノは俺だとか、言わないよな?
食べ終わった携帯食を、処理しながらちらりと見上げると、横目でこちらをうかがう、悪夢のような顔が見えた。
その瞳だけが、宝玉のように美しい紫で、ゾッとする。
すぐに逸らされて、恐怖だけが残ったが、だからこそ恐ろしく、次の話として考えていた言葉を言うのには、ひどく勇気がいった。
「……すまないが……仮眠をとっても……?」
「我は人は喰わぬから、安心して寝よ」
……見透かされていた。
絶対勝てないな、こういうところが化け物の所以なんだろうか、などと考えながら、しばらくの仮眠をとることにした。
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