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第6話

起きると、思いの外スッキリしていた。 「……すまない、大分長く寝てしまった」 「2時間ほどだ。もう少し眠ってもいいぐらいだぞ」 そんなに!? 俺は焦った。 10分ぐらいだけ、眠るつもりが、とんでもなく寝過ごしていた。 もう少し眠ってもいい? とんでもない!  こうしている間にも、王子たち、右の道を行った隊は進んでいるはずなんだ。 「いや、悪かった。すぐ用意する」 俺がそう言って、枕がわりにしていた荷を、背負おうとすると、あちらを向いていた筈の凶王が、驚いたようにこちらを向いて、停止した。 うっ。 慣れれば、何て考えたけど、やっぱり寝起きにこの顔はツラい。 「……人間は弱い。休める時には休め」 怖気の走る顔と、不快感が背筋を凍らせる囁き声で、嗜めるように暖かな言葉を投げられると、混乱する。 だから「う……あ……」と一瞬で返答できなかった俺は悪くない。 だから……傷付いたように、目を眇めて、青黒い男がまたあちらを向いてしまっても、俺が罪悪感を感じる必要などないんだ。 お互いが一瞬固まっている間に見た、凶王の瞳が、昨日印象的に残った紫の瞳と、反対側は金色なのだな、とおかしなことだけが頭に浮かんだ。 「すまなかった。……昨日の携帯食の残りを食べてしまうから、待っていてくれ」 俺は、背負いかけた荷物を下ろして、歩きながら食べようと思っていた、携帯食の残りを出した。 返事はないが、待っていてくれる。 ……他の隊の隊員でも、こういうときに文句も言わず付き合ってくれる人は、人間ができている。 『闇』、か。闇とか光とかって、何だろうな。 何となく、闇が悪いもので、光がいいものだと思っていたけれど、そういうわけではないんだろうか。 半分ほど食べて落ち着いたところで、また話しかけてみた。 「俺が寝入っていた間、異変はなかったか?」 ない、と短かな返答。そうか、と返そうとしたが、何か続けたそうな雰囲気を感じて、途中で止まる。 「……魔物も、罠も、この先当分気配がない。こちらの道に、出口までの敵性体は一体だけのようだ」 ……出口。 え? 出口、って?  「出口までの道がわかるのか!?」 俺は立ちあがり、凶王に近寄った。 彼は振り向きかけて、慌てて戻し、そして離れようとする。俺はさらに詰め寄り、彼の黒いローブの端を掴んだ。 聞き捨てならない。それは、まるで。 「まさか、出口までの様子が全部、わかるのか!?」 俺は、まっすぐ彼の顔を見て問い質す。その顔について忌避感はなかった。単なる色黒の、シワが多く、目の細い男だ。 男は、苦い表情で目をそらした。そして。 「ああ、この洞穴の入り口から最奥まで、我には見通せている」 そう、言った。 「なんで、それを言わなかった……!」 俺は語気鋭く迫った。この道に入ってからじゃなく、洞穴の入り口からなら、最初から言っていれば、もっと効率よく探索できたはずだ。 だが、黒い男は、息を吐いて俯いた。 「は、我の言葉を聞かぬ。言ったところで無駄であろ」 それを言われてぐうの音も出ない。 確かに、王子に言ったところで、聞き入れないどころか、悪化する可能性が高い。さらに言えば、この事は伝えない方がいいだろう。自分が聞き入れなかったことなど忘れて、なぜだと詰め寄ったあげく、周囲にも責任を被せようとする確率だってある。……貴族っぽい、ややこしい性格をしているならば、だが。していそうだな。 「すまなかった。あなたの言う通りだ」 俺は、引き下がった。 凶王は、いや、と言い、笑んだ。 「話が通じる、というのは、こんなに愉しいものなのだな」 ……。 いつの間にか、声の不快感も弱まっていた。 俺は、凶王と笑いながら喋ることができるようになっていた。

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