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第8話
淡い緑色だった、小さな植物は、今や巨大な赤黒い触手の束になっていた。
黒い男を取り込んだところから、何かグチュグチュという生々しい音が続いている。
おぞましい音を聞きながら、俺はそこから逃げられないでいた。
命令からしても、凶王の最後の言葉からしても、俺はそこから立ち去って、隊のみんなのいる所に戻るべきだ。
けれど、出来なかった。
別に、凶王が庇ってくれたことを気にしている訳でも、恩を返したいとか、正義感に駆られている訳でもない。
……腰が抜けて、動けなくなってしまったんだ。
デス・テンタクル。
赤黒い巨大な触手体の魔物の名前だ。
かなりの高レベルフィールドに出る、魔法使いの天敵。
魔法使いと共に出遇えば死を覚悟しなければいけない、と言われる、有名な魔物なのだ。
この魔物は、魔法使いを喰らって、成長する。
故に、こいつはしつこく魔法使いを狙うし、こちらは、魔法使いを必死で守らなければならない。魔法使いが喰われれば、格段に強くなり、手がつけられなくなる。
そうなると、できる手立ては、逃亡のみ。
撤退なんて、生易しいものじゃない。逃亡だ。
回りの人間を見殺しにしようが、囮にしようが、逃げ続けなくてはならない。
それが、今、目の前にいる魔物なのだ。
まさか、クリーパーの変異種が、デス・テンタクルだとは思わなかった。そんな情報は知らない。
さらに今、取り込まれているのは、今の世界最高峰と言っていいだろう、魔法使い。
最悪だ。
俺は、ガタガタ震えながら、デス・テンタクルの触手が延びてくるのを待つ以外に、なにもできないと覚った。
……覚った、はず、だった。
しばらく動かなくとも、デス・テンタクルは、襲ってこなかった。
グチュグチュ、という音が響くのみ……。
……いや、
しまった!
目測を誤っていた!
赤黒い巨体は、まだ成長中だった。
デス・テンタクルは、まだ凶王の魔力を取り込みきっていなかったのだ。
俺は、今更ながら立ち上がった。
ああ、もっと早く気付いていれば。
せめて、逃げろと言われた勢いのまま、怖じ気づいて、這いながらでも、逃亡を開始していたならば。
目一杯の後悔を抱きながら、俺は、そろそろと入り口の方へ足を進めた。
そして、あと少しで、入り口に着くといったところで、巨大な魔物に変化が起きた。
……体内から取り出すように、美しい姿の男を、表層に浮かび上がらせたのだ。
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