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第9話 ※
長く美しい髪は、青い光を纏う、青銀髪。
まるで陽にあたらなかったような、白く透き通った肌は、ほんのり赤く染まり、艶を放つ。
腕と胸から下は、触手の中に飲み込まれたまま、これだけ見れば、植物系の魔物が進化して、ヒトを象り始めたのだと思った所だ。
しかし、知識上、植物系の魔物がとるヒト型は、女性ばかりだと知っている。
だがしかし、現れたそれは、どう見ても男性の体をしていた。
変異種だからなのか……?
そう思ったのも、彼が目を開く、それまでだった。
開かれた、その瞳は、宝玉のような、紫と金。
……見たことがある。
それは、数刻前の記憶。
異様なほど美しい色に、違和感を覚えた。
……まさか。
そして、その瞳が俺を写し。
薄く色づいた唇がひらく。
「……なぜ、逃げていない」
その声に、ゾッとした。
その、慮るような瞳と言葉とを合わせて、初めてあの声を聞いたときよりも、ずっと、血の気が引いた。
不快感も嫌悪感もなかったが、聞き覚えはあったから。もしも、あの黒い男の声から、不快感を抜いたなら。
「……凶……王…か……?」
俺は、真っ青な顔をしていたと思う。
違う、と言ってほしいと願った。
第一、姿が全く違うではないか。今でもすぐに思い出せる。人にあらざるほどの、まるで枯れ木のような青黒く捩れた肌。左右に違う目の大きさ、片側だけ捲れ上がった唇。
絶対、寝起きに見て耐えられるような化け物じゃなかった。
それでも、心根のよい、頼れる御仁であったのだ。素晴らしい人格者だった。言葉の端々に、知識と教養を感じられる、是非とも友人になりたい方だった。
そんな人が、俺を庇って、魔物に取り込まれた。
そして、それにそっくりな瞳と、声を持つ、人形のように美しい男が、そこにいる。
……ん? 人形?
……まさか、あれは、デス・テンタクルの作り出した人形か?
仲間にそっくりなものを作り出して、新たな犠牲者を誘おうというのか。
まぁ、それにしては原型をとどめていないが、とどめていた方が、不都合も多かろう。
デス・テンタクル。聞きしに勝る恐ろしさ。
こんな複雑な思考のできる魔物だとは。それともやはり、変異種か。むしろ、上位個体か?
混乱に混乱を重ねた頭で、けれど、的を射ているように思えた。
そう。であればいいのにと、都合のよいものを見ようとしていた。のに。
「にげ……逃げて……っ……あっ、……ぁああっ! ……あァアアッッ!!」
ねばついた水音と共に、あげられた苦悶の声に、現実逃避は認められなかった。
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