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第30話

そこは、部屋だった。 ダンジョンの部屋じゃない。教会の中の図書室のような部屋だ。 美しく整った天井と、優しい色の灯り。 整然と並ぶ本棚と柱、そして柔らかそうな絨毯。 その上に無造作に放り投げられた分厚い本の数々。 王子が、がさがさと辺りをかき回している。 高そうな本なのに、王族は違うな。 あ。 左に顔を向けると、扉のすぐ横に『凶王』がいた。 滅っ茶苦茶、冷たい目で王子を見ている。 こっわ。 引き下がろうとすると、 「どうしました?」 ひっそりと声が降りてきた。 見上げると、『凶王』が微動だにせず、王子を見ていた。 きのせい? と思いながら、ぽつりと一人言のように返答した。 「扉が開いていたから、様子を見に来た」 「あの近衛が来るかと思っていました」 気のせいではなかったようで、さらに返事が帰ってくる。 「あいつ、第五の班長が恩師なんだってさ。しかも、それをかばった相棒が、罠で死んだらしい」 「……なるほど」 この間、全く『凶王』には大きな変化がない。 歪んだ唇も、動いているように見えない。幻影だからか? 「キスしていい?」 「……話がどう繋がったんです?」 「心の声が出た」 「……」 全く、微動だにしない。ちょっと凹む。 「……」 「……」 「ま、それはさておき。提案していいかな?」 「なんです?」 俺は、図書室の床を指す。 「柔らかそうだからさ、重傷の奴だけでも、こっちに寝かせてやりたいなと思って」 そうなのだ。 あちらは、小石も転がる固い地面に、薄い絨毯や毛布を敷いて寝かせてある。 それが辛いのか、ずっと体勢を変えながら唸っているヤツもいるのだ。 少しでも、きちんと休んでほしい。 だから、できればすこしでも良さそうなところに移したい。そう思ったのだが。 「そうですね。提案するなら、運びながらが良いでしょう。きちんとした返答が来る前に、有無を言わさぬうちに、運び込んでしまえば成功するはずですよ」 いや、それ、提案じゃなくない? 大丈夫? 「でなければ、ごちゃごちゃ言い続けて、無駄に時間が過ぎていきますよ。今も、アレ、説得中ですが、全然止まらないでしょう」 アレ、と言われて、見ると王子が舌打ちしながら、棚の一列を一気に落としている所だった。 ピキッ ……何か、嫌な音が聞こえたような気がする。 左上を見るのが怖い。 必死に引き留め、宥めようとしている近衛騎士3名に、心からのエールを送りながら、扉から離れた。 いやぁ、恐ろしいものを見た。 「どうだった」 心配そうな顔のカールが、鍋をかき回しながら聞いてきた。 「すっごいことになってた」 そこから振り返ると、近衛騎士が包帯用の布を裂いているのが見える。 「すっごいこと?」 「とんでもないぞ。ダンジョンじゃなくて、図書室になってたから」 「は?」 訳がわからない、という顔をする悪友に、悪い顔を向けて言う。 「柔らかそうないい絨毯だったから、怪我人を運び込まないか? なぁに、運びながらズラっと並べば、文句は言えても拒否はできんさ」 内心、冷や汗だったのは内緒。

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