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第31話
「こっち、配り終わりました!」
「こっちに椀、あと2、お願いします!」
「湯冷まし、追加できました!」
竈近くの喧騒に比べて、図書室の中は、あまり音が響かないようだった。できるだけ、静かに本が読める工夫がしてあるのだろう。
本来なら、飲食も禁止なのだろうが、多目に見てほしい。
怪我人のうち、12人を運び込んだ図書室では、そのまま眠ってしまった3人を除く、20人に、スープとパン、湯冷ましを配り終わった。
人数多いって? 看病してるヤツと、例の4人だよ。
『凶王』は、人が運び込まれて、王子の動きが止まると、興味無さげな表情のままで、ふらふらと図書室の棚の奥に消えた。どうやら、さらに奥にも棚が並んでいるようだ。
怪我人を運び込んでしばらくは、不機嫌そうに憤りを見せていた王子は、食べ終わると休憩セットを回収させ、『凶王』とは反対側の棚の奥に騎士3名を連れて行ったようだ。
気を使わなくてよくなったと、全員がホッとしていた。
俺は、図書室の扉の外で、あれやこれをしていたが、全員の様子が落ち着いたのを見て、少しスープを口にした。
「それだけでいいのか?」
「実は、みんなが来る直前に、保存食をかじったんだ」
食事を配る係をしていたのは、斥候役をしていた男だった。
これが終わったら、王子と凶王の様子を見に行かねばと溢している。
「凶王の方は、俺が行こう。なぁに、すでに5日は見張っていたから、慣れたものだ」
口実を手に入れた俺は、見つけたら、そのまま見張ると言い置いて、ラルドを探しに向かった。
ラルドは、右側の棚の奥、塞ぐように組まれた本棚の向こう側で、何やら難しそうな本を読んでいた。
「ラルド」
「ガイリ」
その肌は白く、素顔に戻っている。
しかも頬は上気して、ふんわりと紅を浮かべていた。
「ここは天国のようです。今は貴重になった本ばかりですよ」
読んでいた本を、抱きしめて笑いかけてくる、ラルドは本当に可愛い。押し倒したい。
「押し倒したい」
「だから、声に出てる」
呆れたような表情に変わったラルドに近付き、その頬にキスをした。
「王子はあのあと、こっちとは反対側の棚の奥に消えたぞ」
「そのようですね。あちらも似たような、造作になっているのでしょう」
ここは、ここまで延びる道と、垂直に棚が置かれていて、その本棚と対面する本棚の間が広いぶん、間に長机が設置されている。数は6。
一つめの本棚は、道に直角に置かれていて、他の本棚より、少し背が高く、壁のようになっている。
そう捉えれば、小部屋になっている真ん中に本棚が真っ直ぐ3台置かれていて、その両脇に長机がそれぞれ設置されているイメージだ。
扉の中を、図書室、と言ったが、この小部屋一つの方が、よほど図書室の名にふさわしいような気がするな。
長机に、ラルドを押し倒しながら、そう思った。
「ガイリ?」
「ん……我慢できない」
「いやいやいや……昨日もけっこうしたけど……ひゃっ!」
首すじにキスを落とす。
ああ、他が来るのに一日かかるならと、むしろ、一日すれば二人きりが終わるのならと、体を重ねさせてもらったっけ。
「うん……さっきの『凶王』を見てさ」
「ん……」
「ラルドが、ちゃんといるのを確かめたくなった」
その胸を、真っ黒なローブの上から、撫で上げた。
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