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第35話(※別視点)
※相棒を亡くした近衛騎士の視点です。
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扉の前の喧騒は激しくなっていた。
当初は暗闇に閉ざされて、パニックに陥っていたその場所は、入った時と同じように光に満たされていたが、慟哭は収まらなかった。
閉ざされ、びくともしなくなった扉。その向こうには、荒い息と、さっきまで共にいたはずの仲間たちの、焦りの声が聞こえている。
それを齎した男は、もう立ち去った。
ここには兵士だけが、取り残された。
……いや、俺は違うか。
疎外感に、冷静になりながら、絶望の表情を浮かべる周囲を眺めた。
「光栄に思え!」
耳には、残酷な言葉が残っている。
この場の全員が聞き、絶望に陥れられた言葉だ。
つい先程まで、主と仕えていた男の言葉。
その言葉の破壊力に、圧倒されて、この怒号の嵐が一瞬消え去ったから、影響の大きさはわかるというものだ。
あまりの思考停止ぶりの証明のように、誰も、灯りがついた瞬間を覚えていなかった。
彼らが立ち去る、靴の音は覚えているのに。
傍らに眠り続ける、恩師を見る。
この、腐った国の中で、阿ることなく、諂うことなく、傲ることも、卑屈になることもなく、だが、不正に頼ることも、非道に憤らぬこともない、そういう人は稀だ。
その稀が、ここにいる。
無くすわけにはいかない。友のためにも。
決意を込めて握りしめた拳は白い。肩の痛みなど、吹っ飛んでいた。
「俺もやる」
立ちあがり、扉を破ろうとする者の中に加わった。
剣は持ってきている。多少欠けたり折れたりするかもしれないが、それでここにあるものが助かるなら、安いことだ。
集中し、魔力を込めた剣を振るおうとした瞬間。
かたり。
本棚の奥から、音がした。
あちらに人がいるとは思わなかった。
振り向くと、そこには、奇跡のような姿をした存在があった。
青みがかった銀の髪、長い睫毛に彩られた、瞳は紫水晶とゴールドダイヤが嵌め込まれたかのよう。白い肌は、陽の光など知らないかのように滑らかで、瑞々しく、少し古いデザインの魔導士服がさらに、神秘を纏ったようだ。
その場を圧倒するような存在感を放つその人は、薄い紅を引いたような口唇を開いた。
「その方々の、治療をしても?」
一瞬、何を言われたのか判らなかった。
だが、すらりと伸びた足を進ませ、その人が、唸り声を出す男の傍に腰を下ろしたとき、やっと全員が理解した。
その人が手をかざすと、男は光に包まれて、やがて、穏やかな寝息をたて始めた。
「光の魔法による、治療……!」
奇跡のような、と思っていたが、奇跡そのものだった。
彼は、(どうやら男性らしかった)次々と手をかざしていった。
さらには、
「この扉、触っていいですか?」
と言い、彼が触れたとたんに、頑なに閉じられていたはずの両扉は、自ら両腕を広げた。
その向こうにいた、ひどい顔をした仲間たちに話しかけ、虫の息を止める寸前だった、血まみれの男を、暖かい光に包んだ。
「……天使だ……」
誰かの呟きに、誰もが肯定した。
この絶望の淵に降り立った天使。
その場にいた、全員が、彼に膝を折った。
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