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第38話

怪我人はほぼいなくなったが、疲労はとれていないため、全会一致で、一泊後帰還、という案が採択された。 残り物ですが、と鍋のスープを勧められるラルドを、不思議な心持ちで見た。 ありがたく、また、ひそかに感動したように、受けとる彼に、何やら感慨深いのもそうだが……。 「あのスープ、作ってから、そんなにまだ時間経ってないんだよな……」 「ああ……本当だ。ずいぶん前のことのように感じるぜ……」 それほど美味しくもないはずのスープを、ニコニコしながら食べるラルドを遠くに見ながら、カールと二人、寝床の準備をする。 本当なら、ラルドを抱きしめながら眠りたいところだが、仕方ない。 光魔導士さまは、向こうでちやほや崇拝されるのに忙しいのだ。 このまま、忘れ去られるのではと、気を揉む俺の心根など、気づいてもいないだろう。 「ガイリ」 「なんだ」 「彼を崇拝したいなら、行けばいいのに」 カールに、ニヤニヤと言われて、(まなじり)に皺が寄った。 「崇拝したいわけじゃない」 「そうか?」 「あの中に入るのは嫌だ」 ラルドの周囲は、着々と、彼の信者が集まりつつあった。その誰も彼もが、彼を、不可侵の神聖なものとして見ているようだ。 俺は違う。 彼を尊敬しているし、大事だとも思う。 けれど同時に、抱きしめたいし、キスをしたい。柔らかく撫で回して、嬌声を上げさせながら、ガンガンに突いて、ドロッドロに溶け合いたい。 独り占めしたい。 誰にも渡したくない。 なのに、なんで、他の人間の中で笑う彼を見ると、応援したくなるのかがわからない。 彼は『凶王』だ。 おとぎ話の、恐ろしい化け物だ。 誰も彼もに嫌われて、忌むべきモノとして伝えられる。 だからずっと、俺が初めて彼の表情に気づいた時のような、寂しさをまとった悲しい顔をしていたんだろう。 それを考えると、とてもじゃないが、あの中には踏み出せない。 独占欲を満たすためだけに、あの笑顔を犠牲にはできない。 その笑顔でさえも、自分だけの物にしたいけれど。 なのになぜか、見ることさえならないように、目が霞んでいく。 おい。片隅から見るぐらいいいだろう。なんでだよ。 ふいに、背に、温かみを感じた。 カールが、俺の背中に手を置いたのだ。 「? どうした?」 「そりゃこっちのセリフだ。どうした?」 質問を質問で返されて、首を傾げる。 眉間にシワを入れる俺に、ため息をついた、悪友の顔が、心配を浮かべている。 「なんで、泣いてるんだ」 は? 泣いてる? 誰が? 俺が? 何をバカなと、自分の頬に触れると、そこは濡れていた。 しかも、さらに追加の水分が、次から次へと上から落ちてくる。 「なんだこれ……とまんねぇ」 必死に拭うが、袖の重みが増していくだけだった。 「お前、疲れてたんだな。何気にここに来てから、一番活躍してたの、お前だもんな。よし、寝ろ、さっさと寝てしまえ」 何やら、生暖かい視線だけを感じる。 むりやり悪友に寝床に連れていかれ、寝袋に押し込められると、抗議をしてやろうとした口が止まる。 横になったとたんに、襲ってくる眠気。 涙はまだ止まらなくて、胸はギュッと締め付けられるように苦しいが、それは眠気とともに穏やかになっていく。 ああ、俺、疲れてたのか。 もういい、難しいこと考えるのやめだ。 ……たくさんの人に関われば、俺に魅力を感じなくなるかも、なんて。 あいつは優秀なんだ。 本来は、もっと優秀で、見目にもつり合う人のそばにいた方がいい……。 最後にまた増えた雨量とともに、俺の意識は閉じた。 その様子を、じっと心配そうな表情で、ラルドが見ていたのには、もちろん気付かなかった。  

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