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第2話
それから僕は、鉄格子のついた馬車に首輪だけつけられて全裸のまま乗せられた。
何日かすると、馬車の中に奴隷は増えて行った。
皆どんよりと暗い顔をしており、口数は少なかった。
僕以外の奴隷も皆全裸で、首輪と手枷をつけられていた。足枷を付けられている者もいた。何となく、彼等が馬車に乗せられる流れで、暴れた者程沢山拘束具を付けられている事が分かった。……こんな事が分かってもどうしようもないんだけど。
奴隷達の話によるとどうやら馬車は2台あるらしく、隣の馬車は女奴隷の馬車で、こちらは男奴隷の馬車らしい。
(夢、じゃないのかな)
何度かそう思いながら馬車の中で眠りに付くが、僕が奴隷として売り払われた現実は変わらなかった。
(僕がΩ…)
未だに信じられないが、鑑定結果も出ているのでそうなのだろう。
この世界には男女の他にα、β、Ωの3種類の性がある。
Ω(オメガ)とは3つの性の中で能力が一番低いと言われており、いわば蔑みの対象である。しかし見目麗しい者が多いと言う話で、娼婦やα貴族の愛人になる事が多い。人口は一番少ない。
年頃になるとΩは、月に1度、7日程度の発情期を迎えるようになる。
発情期のΩはα、βを惹き付ける強い性フェロモンを出す。なので学校へ行き、仕事をすると言う普通の仕事をしたければ、発情抑制剤を使うしかない。
Ωは男でも妊娠する事が出来る。何故ならΩの男には直腸内から子宮に繋がる器官がある。
―――そう、僕はそのΩだったらしい。
先日、発情期を迎えた僕に屋敷の男達は狂って行った。
僕に一番反応したのはαの旦那様だった。
そしてあの日、旦那様に犯されそうになっている所を奥様に目撃された僕は、そのまま奴隷商に売り払われた。
奴隷商人に打たれた発情抑制剤のせいで、頭がボーっとしている間に馬車は大きな街に着いた。
どうやらここが奴隷商の目的地だったらしい。
―――そして、僕はこの街で「魂の番」に出会う。
「降りろ、着いたぞ」
奴隷商に促され、馬車から降りて数歩歩いた時の事だった。
「―――…この奴隷はいくらだ?」
ふいに目に射し込んだ光に顔を上げる。
僕の目の前には一人の男が立っていた。
―――その男は僕が今まで出会った人間と何もかもが違っていた。
黒フロックコートに白いシャツ、ネクタイ、ステッキ、シルクハットと言う格好からして、貴族で間違いない。上流紳士といった風袋でありながらも、その男の身体全身からある精悍な感じが溢れている。
男が帽子を脱ぐと、眩い白金髪プラチナブロンドが現れて、薄暗い路地裏が急に明るくなった様な気がした。
年は20代半ば~30くらいだろうか?
その格好と髪色からして十中八九貴族でαだろう。
彼は人並みではない空気を持っていた。
一瞬彼のその上質な衣装や、整った顔立ちから感じる何かだと思ったが、僕はすぐにそれは違う事に気付いた。
(な、なに…?)
アイスブルーのどこか冷たさを感じる瞳と目が合った瞬間、体全身にビリビリと震えが走り、街の喧騒が掻き消える。
クスリでどんよりとしていた頭の中から霧が晴れて行くようだった。
―――彼と目が合った瞬間、彼が自分の「魂の番」だと直感的に理解した。
αとΩには「魂の番」と呼ばれる物がある。
Ωの性フォルモン関係なく、一目目が合った瞬間惹かれ合うと言う。
(彼だ…彼が僕の”番”だ……)
それは僕は自分がΩ性なのだと本能の部分で感じて、受け入れた瞬間でもあった。
彼はαで僕の「魂の番」だ。きっとそうに違いない。
「おお、貴族の旦那、流石は見る目がありますね!これは仕入れたばかりのΩで、初物ですよ!!」
「値段は?言い値で買おう」
その貴族の男も僕に運命を感じたのか、僕の事を奴隷商の元から買い出してくれた。
(おかしいな、僕、女の子が好きなはずなのに…)
αの女性は興奮すると陰核が男性器の様に成長する。Ωの男も妊娠出来るだけではなく、行為の最中は”濡れる”と言う事もあって、別に同性愛が珍しい物ではない。
しかしずっと自分は異性愛者だと思っていた僕は、目の前の男に感じる胸の高鳴りに戸惑っていた。
馬車に乗せられて、隣に座る男をドキドキしながら盗み見る。
格好も格好だし、前髪を後ろに流して固めているせいもあって少し大人っぽく見えるが、こうやって近くでジッと見てみると思ったよりも若そうだ。
僕よりは少し年上に見えるけど、年はそんなに離れていない様に見える。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます…! 僕はセレスって言います。あなたの名前は…、」
「アルベール・イールギット・ラ・メール・ド・ルミエール=ローマリア」
ぶっきらぼうに答えた男の言葉に、僕は大声で叫びそうになった。
(嘘…!領主様……!?)
ローマリアの名前を知らない僕じゃない。
ローマリア地方とは、この国で一番広い領地だ。
(想像以上に凄い人に買われてしまった…。)
――しかし、このご主人様がとんでもない人で、僕のときめきはすぐに吹っ飛ぶ事になる。
「小僧、さっさと服を脱げ」
その言葉に僕は自分の耳を疑った。
馬車を降りて、まずはその巨大なお屋敷に大口を開けて驚いた。
その次は玄関ホールに並んでいる使用人の数に目を剥きながら、埃一つ落ちていない大豪邸の廊下を歩き、アルベールの部屋らしき部屋に入って二人っきりになると、彼は開口一番そう言った。
「は、はい?」
聞き間違いかと思って聞き返してみると、彼は淡々とした口調で繰り返し言う。
「服を脱げと言った。―――…野良犬、さっさとその襤褸を脱いで裸になれ。今日からお前の名前はリーゼローザだ」
「えっええ!?」
僕が目を白黒させていると眼鏡をかけた執事が沢山のドレスを持って来た。
―――その日から僕は、リーゼローザと言う”女性”として生きる事になる。
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