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15年前 #2 side Y

花に囲まれて眠る男の子は、あまりにも細く、白く、そして、美しかった。子供ながらに息を飲んだことをよく覚えている。 「何してるの...?」 俺は男の子に声を掛けた。男の子はピクリともしない。 (もしかして...) 頭の中を最悪な事態が横切った。背中に嫌な汗が流れる。 「あっ、あのさ!」 自分でも驚くほど、うわずった大きな声が出ていた。ふるっと男の子の瞼が揺れ、徐々に瞳を開いていった。 「大丈夫?」 「うん...」 「何してるの?」 「予行演習...」 「予行演習?何の?」 「旅立つ時の...」 「旅立つ?」 「この世から...旅立つ時の...」 (何を言ってるの?) そう思った。 「あのさ。君が予行演習するのは勝手だけど、ここは入っちゃいけない場所でしょ?分かる?」 俺は花壇に差してある、『ここに入らないでください。』と書かれた札を指差した。 「起きられる?ほらっ!」 そう言って、手を差し伸べた。男の子は俺の手に掴まり、静静と起き上がった。男の子が俺の前に立った。俺より少しだけ背の低い男の子が、すうっと俺を見つめた。色素の薄い、薄茶色の瞳があまりにも綺麗過ぎて、俺は思わず視線を逸らした。 「ほらぁ...こんなに泥が付いてる...起こられちゃうよ!お母さんに。」 泥だらけのパジャマをはたきながら俺が言うと、男の子が口を開いた。 「お母様は...」 「おっ...おかあ...さま?」 「お母様は...遠くにいる...」 「えっ?」 「お母様は...遠くにいる...」 男の子は、悲しそうに二度言った。 「そっか。ごめんな。変なこと...言っちゃって。」 男の子は、静かに首を振った。 「俺、海野葉祐(うみのようすけ)。4年生。君は?」 「僕は...岩崎冬真(いわさきとうま)...僕も4年生...」 「同じだね!」 「うん。」 「パジャマってことは...冬真君も入院してるの?」 「うん...」 「俺はさ、父さんが入院してるの。二階の左から二番目の...あの部屋。」 俺は親父の病室の窓を指差した。 「僕は...三階...」 それから俺達は色んな話をした。流行ってるテレビ番組や漫画や玩具の話など...ほぼ一方的に俺が話して、冬真君は知らないことが多いらしく、「分からない」と「そうなんだ」を繰り返した。 (きっと入院生活が長いんだ...) そう感じた。 (冬真君を喜ばせたい!) そう思った。 「ねぇ!明日も会わない?ここで。」 「明日?」 「うん。病院って退屈なんでしょ?」 「うん...」 「俺、毎日、父さんのところに来てるんだ。だから、明日も!さっき話した玩具や漫画、持って来て見せてあげるよ!」 「いいの...?」 「うん!」 「ありがとう。明日が来るのが待ち遠しいよ。こういう気持ち...初めて......嬉しい...」 俺達は、約束の指切りをした。その時、冬真君が初めて笑った。その笑顔を見て、俺も嬉しくなった。 「冬真さ~ん?」 遠くから冬真君を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。その女性が冬真君を見付けると、目を見開き、すぐに駆け寄って来た。 「冬真さん!泥だらけになって...また...予行演習...ですか?」 女性は悲しそうに尋ねた。冬真君は俯いて何も言わなかった。二人の間に沈黙が流れる。 「あのぉ...さっき、泥は出来るだけ落としました。だから...冬真君を叱らないであげてください。」 女性と冬真君が俺を見つめた。二人の視線に、俺は少したじろいだ。すると女性は、俺と視線を合わせる様に少し屈んだ。 「あなたが泥を落として下さったんですね?ありがとうございます。あなたの手も汚れてしまいました。ごめんなさい。」 「いいんです。これぐらい。洗えば落ちるし...」 「そうですか...本当にありがとうございます。ごめんなさい。髪に付いた泥を落としたいので、ここで失礼しますね。」 女性は小学生の俺に対し、丁寧に頭を下げた。俺はその場で二人を見送った。途中、冬真君が振り返った。どうしたのかと思っていると、冬真君は、はにかんで小さく手を振った。

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