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15年前 #3 side T

夜...一人静かに眠りに就いて、朝になったらひっそりと息絶えていた...これが僕のたった一つの願い...生きる楽しみも、価値も、希望もない僕は、毎朝、目が覚めると、絶望の淵に立たされるんだ... (あぁ...生きていた...神様...お願い...早く僕をあなたのそばに置いてください...) 生まれつき体が弱くて、今まで生きてきて、走ったことも、泳いだこともない...それどころか入退院を繰り返してばかりで、学校もロクに行ったことがない...だから、友達なんていやしない。でも...それでいい...この世に1ミリも未練を残したくないから...身の回りの世話をしてくれてる絹枝さんが、病室を出る隙を見て、僕はいつも中庭の花壇へ行く。次に望んでいる『春に天に召される』の予行演習のために...全ての命が芽吹く春...その命と引き換えに僕が天へと戻る...そして僕は祈る... (みんな...僕の分まで命を楽しんで...) 今日も絹枝さんが洗濯に出掛けた隙に、中庭に出掛ける。花壇の花をなるべく傷付けないように入り、横たわる。 (あぁ...早く僕を楽にして...) そう祈りながら目を閉じる。ここまではいつもと同じ...でも、遠くで誰かの声が聞こえる... 「あっ、あのさ!」 (誰?絹枝さんの声じゃないよね...子供?) 僕は恐る恐る目を開けと、そこには、男の子が一人立っていた。 「大丈夫?」 その子が言った。 「うん...」 そう返事をした僕に、その子は次々と質問した。僕は正直に答える。 こんなところで何をしているの? 予行演習... 何の予行演習? この世から旅立つ時の... その子は、少し怒ってるみたいで、花壇に入ったことを注意している様だった。 (正義感が強いんだね...) 頭の片隅でそんなことを考えていた。その子が自分の右手を僕の前に差し出した。僕は無意識にその手を掴んでいた。 (温かい...) 僕を 引き起こしてくれたその子に、お礼が言いたかった。だけど、彼の『生』に溢れた漆黒の瞳がとても印象的で、思わず見つめてしまう。その子は怒ったのか、僕から視線を逸らした。 「あぁ、こんなに泥だらけにして...起こられちゃうよ。お母さんに。」 そう言いながら、泥を落としてくれた。 お母さんって...こういうことで怒るの?僕のお母様は...遠くにいて...僕はお母様をあまり知らないから... 僕がお母様が遠くにいることを言うと、その子は悲しそうな表情で謝った。僕は首を横に振った。 お互い自己紹介して、その子が葉祐いう名前で、同じ歳だと知った。葉祐君は、色々なことを話してくれた。何も知らない僕に呆れることも、からかうこともなかった。葉祐君が教えてくれた玩具や漫画の話はとても面白くて、いつか見てみたいと思った。すると、葉祐君がさっき教えてくれた玩具や漫画を、明日見せてくれると言った。葉祐君と僕は約束の指切りをした。「いつか」と思っていたことが「明日」になって、僕はとても嬉しかった。嬉しいと感じたことは、本当に久々で、明日が待ち遠しいと思ったのは、生まれて初めてだった。 「冬真さ~ん?」 遠くで絹枝さんの声が聞こえた。絹枝さんは僕を見付けると駆け寄って来て、僕の顔をハンカチで拭きながら、 「こんなに泥だらけになって...また...予行演習...ですか...?」 と悲しそうに尋ねた。僕だって絹枝さんを悲しませたくはない...だけど...うまく言葉が見つからなくて...ただ俯くことしか出来なかった。僕が困っていると葉祐君が、 「あのぉ...さっき、出来るだけ泥は落としました。たから...冬真君を叱らないであげてください。」 と言ってくれた。 (助けてくれるの?) 葉祐君と絹枝さんが何か話をしていたけど、僕にはよく聞こえなかった。なぜなら、さっきの葉祐君の言葉が心地よく耳に残っていたから... 僕のことを助けてくれた...僕のことを助けてくれる人がいた... 本当に嬉しかった。今日は間違いなく、僕の記念日になるはず! 絹枝さんが話を終え、僕の手を引いて歩き出した。ちょっと恥ずかしかったけど、僕は振り返り、精一杯の「ありがとう」と「また明日」をこめて、葉祐君に手を振った。

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