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15年前 #5 side T
(あぁ...また今日も生きていた...)
そう落胆して目覚めるのは、いつもと同じ。でも、今日は違うんだ。葉祐君が僕に会いに来てくれる。誰かが僕に会いに来てくれるなんて...
(あれ?でも...体中が熱くて...痛い...)
胸に当てられた聴診器の冷たさで、徐々に覚醒していくと、おぼろ気に先生と絹枝さんの声が聞こえてきた。
「昨日、何か興奮するようなことがありましたか?」
「さぁ……」
「まぁ、どちらにしろ、今日一日ゆっくり過ごせば大丈夫でしょう。特に心配するような発熱ではありませんよ。」
「そうですか...ありがとうございます。」
「あれ?起きたかな?冬真君、おはよう!頭、痛いかな?」
僕は頷いた。
「君は今日、とても熱が高いんだ。今は、頭や体が痛かったりするだろうけど、今日一日、寝てればすぐに治るからね。だから、今日はこの部屋から出てはいけないよ。分かったね?」
今日は...今日は...葉祐君との約束が...そう言いたいのに、熱のせいなのか、声にすることが出来ず、僕は先生の白衣の袖を掴み、首を横に振った。
「何かあるの?」
頷く僕の腕を布団の中に入れ、先生は笑顔で言った。
「気持ちは分かるけど...でもね、今日は寝ていないと...そうしないと、明日も一日寝ていないといけなくなってしまうよ?」
今日じゃないと...今日じゃないとダメだったのに...今日行かなかったら、葉祐君は怒ってしまって、もう会ってくれないかもしれない...
僕は声を上げて泣き出した。そして、先生と絹枝さんに背を向けた。涙は次から次へと溢れだし、しばらく止まることはなかった。
次に目が覚めたのは、それから大分、時間が経過してからだった。そう分かったのは、空が少し赤く染まりかけていたから...
(もう夕方なんだ...泣いてる途中で寝てしまったんだ...葉祐君は、怒って帰っちゃっただろうな...もう...会ってくれないよね...)
もしかしたら、友達になれるかもしれない...少しでも、そう期待したのがいけなかったんだ。期待すればするほど、後で悲しい思いをする...大切なものは指の間からスルスルとこぼれ落ちていく...心から欲しいと願ったものは、手に入ったこともない...分かっていたじゃない。だから、期待することも、大切なものも、願うことも、随分前に諦めたじゃないか...
また涙が溢れてきた...鼻水を啜る音で、絹枝さんが、僕が起きたことに気が付いた。
「冬真さん?起きたんですか?」
「うん...」
「冬真さん、サイドテーブルの上...見てください。」
「サイドテーブル?」
不思議に思ったものの、サイドテーブルに視線を移すと、見たことのないロボットの玩具と本が数冊乗っていた。
「それ...葉祐さんが貸してくださったんですよ。」
「えっ?絹枝さん...葉祐君に会ったの?」
「えぇ。冬真さんのことをとても心配されていました。」
「僕のことを?」
「はい。そちらの物も貸してくださるそうですよ。『友達だから』って。」
「とも...だち...」
「えぇ。良かったですね。」
「友達...僕は...友達?」
「えぇ。それと明日、冬真さんの熱が下がっていたら、お見舞いに来てくださるそうですよ。」
「絹枝さん!」
僕は嬉しくて、思わず絹枝さんに抱きついた。絹枝さんは、優しく背中を撫でてくれた。
しばらくそうした後、僕は絹枝さんから離れ、サイドテーブルにあった、漫画3冊、手に取った。背表紙を見ると、同じ漫画の1巻と3巻と4巻だった。
「あれ?2巻はどうしたんだろ?」
「えっ?」
「ほら。」
僕は絹枝さんに、漫画の背表紙を見せた。
「まぁ!冬真さんのお友達は、とても優しい方だけれど、少しだけ、おっちょこちょいのようですね。ウフフ...」
絹枝さんは、嬉しそうに笑った。
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