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告白 #1 side Y
冬真君が突然いなくなってニ週間が過ぎた頃、親父が急に車で出掛けると言い出した。俺は冬真君が、「さよなら」も言わずに消えてしまったショックに立ち直ることが出来ずにいた。
「どこに行くの?」
「里中さんのお姉さんの家。里中さんがお前に受け取って欲しい物があって、お姉さんの家に預けてあるんだって。」
「もういいよ...行きたくない...」
「なぁ葉祐?お前、あの子の友達だろ?」
「俺はそう思ってだけど...」
「じゃあ...お前、冬真君のこと、どれだけわかってるの?」
「えっ?」
「入院生活が長いとか表層的なことだけじゃなくてさ、例えば...あの子がどうしてお前に別れの挨拶もしないで、いなくなったのかわかる?」
「それは......」
俺は言い淀んでしまう。
「わからないだろ?もしかしたら、里中さんのお姉さんの家に行けば、何か分かるかもしれないよ。少なくとも、お前が嫌になっていなくなったんじゃないことぐらいは俺にも分かるけどさ。」
「ホント?」
「ああ。あの子のこと...本当の冬真君を理解してあげないか?お前、多分唯一の友達なんだろうからさ。」
本当のことを知るのは、正直怖かった。でも、親父が言った『本当の冬真君を理解してあげよう』という言葉が俺を突き動かした。
絹枝さんのお姉さん、里中織枝さんの家は、隣町の港から高台へと続く坂の途中にあった。垣根があって、玄関が引き戸という純粋な日本家屋だった。呼び鈴を押して、引き戸を開けて出てきたのは、絹枝さんとよく似た、だけど、絹枝さんより少し落ち着いた雰囲気の女性だった。
「先日、連絡を差し上げた海野です。はじめまして。こちらは息子の葉祐です。」
親父がそう言って、二人で頭を下げた。
「はじめまして。里中織枝です。今回は妹が無理なお願いをしたようで...大変申し訳ございません。さぁ、中へお入りください。」
織枝さんは、親父と俺を客間に通してくれた。もうひと部屋続いたその先に、縁側が見えた。そこには、長い髪の女性が一人座っていた。しかし、その女性は異様な雰囲気を醸し出していた。なぜなら、歳は恐らく織枝さんと変わらないはずなのに、人形を抱いたり、寝かしつけたりしていて、どう見ても人形遊びをしているようにしか見えなかったから...俺はちょっと怖くなって、親父を一瞥した。親父はこちらを見て、『何も言うな』と言わんばかりに頷くだけだった。
織枝さんがお茶とお茶菓子を差し出した後に、二つの封筒を差し出した。
「葉祐君、絹枝があなたにと置いていったものです。どうぞ受け取ってください。」
「俺...あ...僕に?」
「ええ。どうぞ開けてください。」
織枝さんに促され、大きい方の封筒を開けると、一枚の絵が出てきた。そこには、二人の男の子が走っている姿が描かれていた。
「これは......]
「冬真が描いたんです。以前あなたに絵をプレゼントしてもらったことがあるんですってね?この絵は、そのお礼にと描いたそうです。絵のプレゼントをとても喜んだそうです。サイドテーブルから出しては見て、見てはしまうを何回も繰り返したそうです。絹枝もおかしくなって飾ることを提案したら、冬真はとても恥ずかしそうに笑ったそうです。冬真もこんな風に笑えるのかと、絹枝もとても喜んでいました。」
「冬真君......」
「冬真がどうしてこの絵を描いたわからないけど、この絵の男の子は多分、葉祐君と冬真なんでしょうね.....」
「俺.....一度聞いたことがあるんです。冬真君の夢を...そしたら、『走ってみたい』って言いました。だから、俺...『方法はこれから考えるけど、その夢は俺が絶対叶えてやる!』って言いました...その時も冬真君、嬉しそうに笑いました。」
「そうでしたか.....」
「こちらも開けて良いですか?」
小さい方の封筒を持って俺が言うと、織枝さんは、
「どうぞ。」
と言った。
小さい方の封筒を開けると、冬真君と最後に会った日に撮った写真が入っていた。
「これ...最後の日......」
俺が言うと、織枝さんが、
「見せていただいてもいいですか?」
と聞いた。俺は織枝さんに写真を差し出した。織枝さんは写真を眩しそうに見つめた。
「冬真.....随分大きくなって...こんな風に笑えるようになったのね...」
と呟いた。
「失礼を承知でお伺いしますが、里中さんは冬真君とはあまり会ってないんですか?」
親父が織枝さんに質問した。
「ええ。私たちは岩崎家の当主から、冬真には近づかないように言われてるんです...」
「でも...絹枝さんは?」
親父がそう言うと、織枝さんは目を閉じ、少し考えてから、
「冬真に素敵な思い出をくださったお二人ですから...当家の恥を晒すようで、大変恥ずかしいのですが...少しお話しますね...」
織枝さんが真っ直ぐな瞳でこちらを見つめた。
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