15 / 258

再会 #3 side Y

『何も心配するな!』 15年前、彼にそう言うと豪語した俺だったが、実際、彼を目の前すると何も言えなかった。想像以上にツラい人生を過ごして来たはずだから... 冬真君の祖父は、誰もが知っている企業の創業者で、冬真君のお母さんは、その人の娘にあたる。お母さんには二人の兄がいたが、歳が離れていたため、かなり溺愛されて育ったという。織枝さんが住んでいる家は、元々家族で住んでいて、その先の高台に岩崎家の別荘があった。お母さんは、その場所がとても気に入っていて、夏休みなどの長い休暇になる度に訪れていた。お母さんと織枝さんが図書館で知り合い、同じ歳ということもあり意気投合、その後、お母さんは里中家に出入りするようになった。ある年の夏、たまたま帰省していた織枝さんのお兄さんとお母さんが、里中家で鉢合わせになり、何回か会っているうちに、二人は恋に落ちた。お祖父さんに結婚の許しを乞いに行くが、当然反対。若い二人は駆け落ちという最終手段に出る。しばらく二人は行方知れずになったが、お母さんが冬真君を身籠ったことで、お兄さんが里中家に連絡。それから、里中家は二人を見守ることが可能になった。二人の居場所は、しばらく里中家の秘密となった。まもなく冬真君が誕生し、三人はとても幸せに暮らしていたが、事態が一変する出来事が起こる。冬真君がまもなく2歳になるという頃、冬真君のお父さんが病気で亡くなったのだ。お父さんが亡くなってから、お母さんは徐々に心を病んでいった。織枝さんは岩崎家に連絡し、二人を自宅に呼び寄せ、しばらく絹枝さんと4人で暮らした。しかし、また事件が起こる...心を壊したお母さんが、冬真君を殺めようとしたのだ。お母さんは、冬真君の首を締めようしていた。その時、冬真君は泣くでも騒ぐでもなく、ずっとされるがままだった。たまたま通り掛かった織枝さんが二人を引き離し、冬真君は無事だった。織枝さんと絹枝さんは何度も話し合い、本意ではなかったが、ずっと申し出のあった、お母さんと冬真君を岩崎家に引き渡すことにした。岩崎家の財力があれば、二人を救えると考えたのだ。二人が岩崎家に行ってまもなく、二人に変調が起きた。お母さんはますます不安定になり、もともと体が弱かった冬真君は、どんどん衰弱し、とうとう食事も摂れないほどになってしまった。岩崎家と里中家で何度も話し合いを重ね、お母さんは織枝さんの元へ帰すことになり、冬真君は当時、大学生だった絹枝さんが側にいて、身の回りの世話をすることになった。ただし、身内として接することは禁じられ、あくまでも岩崎家で働く者として接する様に申し渡された。 これが、大学生になった時、親父から聞いた織枝さんの話... 事情を知って『心配するな!』と軽々しく言ってはいけないと思った。目の前の冬真君は...生きているだけでも精一杯なのだ。肉体的にも...精神的にも... 「あっ...あのさ...」 「うん?」 「織枝さんと絹枝さんは?元気?」 「織枝さんは相変わらず、あの家で母と二人で暮らしているよ。絹枝さんは結婚して、ご主人と小学生の息子さんと三人暮らし。ご主人は俺の主治医の先生なんだ。」 「あの、最初に会った病院の?」 「ううん...今、住んでいる場所の近くに診療所があって...そこの先生。二人とも未だに子供扱いなんだ。」 「そっか...じゃあ、絹枝さんは今も近くにいるんだね。」 「うん...葉祐君のご両親は?」 「あぁ。両方とも元気。親父はもうすぐ定年でさ。今からリタイア後の生活設計に余念がないよ。」 「良かった...元気で...おじさんは楽しい人だったから、素敵な生活設計なんだろうな...」 冬真君は時計をチラリと見た。ほとんど会話らしい会話もないまま、30分が経過していた。 「あっ...連絡先、聞いても良い?」 突然消えた冬真君が、教えてくれるかどうか不安はあったが、覚悟を決めて尋ねると、 「うん...」 冬真君は少し戸惑った様にも見えたが、教えてくれた。お互い連絡先を交換し、 「じゃあ...」 冬真君がそう言うのを合図に、二人して立ち上がった。すると急に、冬真君がふらついて倒れそうになり、俺は咄嗟に彼を支えた。 「あぶね!大丈夫?」 「ごめん...大丈夫だから...」 冬真君は慌てて俺の腕から離れようとしたが、またふらついた。 「本当に大丈夫か?」 冬真君の顔を覗くと、彼の顔は蒼白だった。 「家まで送っても良いけど、遠いんだろ?明日仕事は?」 「明日は...家でやることだけ...」 「緊迫しているものは?ない?」 俺が尋ねると、冬真君は頷いた。 「俺が宿泊しているホテル、すぐそこなんだ。そこで休んでいけよ。なっ?」 「しかし...」 「大丈夫だから、何も心配するな!」 やっと言えたよ......15年ぶりに。ニュアンスはちょっと違うけどさ......

ともだちにシェアしよう!