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導き #4 side Y

フロント係の男性は西田と名乗った。 西田さんは勤務終了後、もう一度様子を見に来てくれることと、その間に必要な物があれば、遠慮なくフロントに連絡する様にと言ってくれた。 小一時間ほど経過した頃、西田さんは私服姿で現れた。冬真はまだ眠ったままだった。 「お疲れのところ、すみません。」 俺が謝ると、西田さんは微笑んで、 「とんでもない!まさか光彦のご子息に会えるなんて...夢の様です。しかし...こんなにも似ているんです...親類かもしれないと、最初に考えるべきだったのかもしれません...」 俺の背後で眠る冬真を見ながら、そう言った。 「そんなに似ているんですか?親父さんと...」 「ええ。生き写しと言っても過言ではありません。ただ、ご子息の方が細いかな...全体的に...」 「冬真はとても繊細で儚げで...子供の時から『死』ばかりを見つめてきました...生きているだけでも精一杯なんです。肉体的にも精神的にも...その上ここ数日、食事も睡眠も充分ではなかったみたいで...」 「そうでしたか...可哀想に...お二人はどういったお友達なんでしょうか?」 西田さんの質問に端的に答えた。病院の出会いから、突然、目の前から消えた別れ、そして昨日、15年ぶりに偶然見かけ、ここに運ぶまでのことを... 「そうでしたか...やはり親子ですね...光彦もある日、突然いなくなりました...そして、いなくなる前日に私の部屋に来て、ことあるごとに『ありがとう』ばかり言っていました...」 「一緒ですね...冬真の親父さんって...どんな方だったんですか?」 「そうですね...優しくて、穏やかで、いつも微笑んでいて...男女問わず、みんなが光彦のことが好きでしたね。光彦がいると勝手に人の輪が出来るんですよ。でも、本人はそんなこと全然分かってなくて...とても謙虚で成績も優秀で、大学院に進むことが決まっていたんですよ。本が好きで...体がそんなに丈夫な方じゃないから、大学の至るところで本を読んでる姿をよく見掛けたものです。そんな光彦が駆け落ちなんて...最初は本当に信じられませんでした。私たちの知っている光彦は、冷静さを欠くような行動は一切しないんです。私達の知っている光彦なら、結婚を許してもらえるまで、何度も足繁く通い、冷静に話し合う...そうしたはずなんです。そういう男だったから...」 「西田さん...冬真の母親は...岩崎英輔氏の娘なんです...」 「あの...岩崎グループ創始者の?」 「はい...」 「そうでしたか...もう...駆け落ちしかなかったんですね...二人の思いを添い遂げる方法は...」 「恐らく...」 背後で鼻を啜る音が聞こえた。 「ごめんなさい。ちょっと失礼します。」 冬真のそばまで来ると、冬真は震えていた。 「気が付いたのか?大丈夫?」 冬真は頭を縦に振った。 「温かい飲み物を淹れますね。」 西田さんは部屋の備え付けのお茶を淹れてくれた。その間、俺は冬真を隣に座らせた。 「聞いてたの?」 「うん...」 「なぁ?冬真は聞いてみたいことないの?親父さんのこと...」 「......」 「親父さんのこと...ほとんど知らないんだろ?」 「知らない?」 西田さんが不思議そうな表情で尋ねた。 「俺の勘ですけど...親父さんの話をしちゃいけない期間が長かったはずなんです。そうだよな?」 冬真は頷いた。 「冬真はさ、親父さんそっくりなんだって!」 「知ってる...」 「何で?」 「絹枝さんが言ったんだ...『冬真はお父さんに段々似てきているから、もう、お母さんには会いに行けないね』って。」 「そっか...お母さん...混乱して不安定になっちゃうか...」 「俺なんて...生まれて来なければ良かったんだ...」 「えっ?」 「父は...俺が生まれてしまったから死んだんだ...俺のために無理して病気になったんだ...母だって、父がいなくなった現実が捉えきれないで、心を壊してしまった...二人を不幸にしたのは俺なんだ...二人の叔母の人生も俺のせいで狂ってしまった...俺なんて生きる価値なんてないのに...」 「違う!冬真!違うよ!」 「人生で楽しいことなんて、葉祐君と過ごしたあの2か月ぐらいしかなかった...心臓も思ったほど良くはならなくて...俺の人生は期待も願望も許されないんだ...愛された記憶もないし、誰かに抱き締めてもらったこともない...何で俺は生かされてるの?もう苦しいよ...もう楽になりたい...」 冬真は自身の両手で顔を覆い、小刻みに震えていた。俺は左腕を冬真の肩に回し、冬真を抱き寄せた。冬真の心の傷や闇の深さを前になす術もなく、目を閉じた。 「冬真君?ちょっといいかな?」 西田さんが言った。 「私は君は生まれてきて良かったんだと思うよ。だって、お父さんとお母さんが深く愛し合った証拠...光彦が生きた証拠...それが君じゃないか!お父さんが亡くなったのも、お母さんの心の問題も君のせいじゃない。運命だったんだんだ。ご両親に運命があったように、君にも運命があった。今まで、悲しいことが続いていたんだね?心臓のことは悔しかったよね?生きるのもやんなっちゃうよね?でも...お父さんの気持ちを考えてごらん。」 「父...さんの...」 「うん。世界で一番可愛い君を置いて逝かなければならなかったんだ。どんなに無念だったか...そんな愛する我が子が、生まれて来なければ良かったとか、生きる価値もないなんて考えていたら...私だったら、死んでも死に切れないよ。期待や願望も大いに結構じゃないか!ダメでも諦めないで!また違う方法を考えれば良いんだよ。それに素晴らしいこともあったじゃない!海野さんみたいな素敵な親友にも巡り会えた。君を背負って、ここまで来てくれて、今も君を心配して、ずっと寄り添ってくれている。ありがたいよね?」 「はい...」 「そうだ!今度、私の家に遊びに来るといい。狭いけどね。私の妻は大学の同級生でね、妻も光彦をよく知っているんだ。驚くだろうなぁ...その時にまた光彦の話をしよう!だから、海野さんと二人で必ずいらっしゃい!」 「はい...」 「じゃあ、私は野菜スープを温めて来ます。食べられるだけで良いから食べようよ。ねっ?」 「はい...」 西田さんは、野菜スープを持って出て行った。心なしか冬真の顔色が良くなったような気がした。 西田さんが帰った後、冬真の体調を考え、早めにベッドに入ることにした。しばらくして隣の様子を伺い見れば、眠れないのか寝返りばかりを打っている様だった。その時、冬真が言った言葉を思い出していた。 「眠れないのか?」 「うん...」 「こっちに来る?男同士で気持ち悪いかもしれないけど...俺で良ければ...抱きしめてやるよ...」 しばらく沈黙があって...完全に引かれただろうなと思っていた頃、冬真が俺のベッドに潜り込んできた。俺は冬真の顔を胸の中に収め、大切な物を抱える様に、冬真を抱きしめた。 「葉祐君...」 「うん?」 「葉祐君...いるね?」 「うん。」 何度も同じやり取りをした後、冬真の寝息が静かに聞こえてきた。俺も目を閉じて、そして祈る... せめて今だけでも、冬真が心穏やかに眠れますように...と...

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