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訪問者 #1 side Y

冬真の自宅は、N駅から25分ほどバスに揺られた場所にある別荘地だった。バスを降りてすぐに別荘地の入口になのか、車両用のゲートと管理事務所のような建物が見えてきた。入口に警備員らしき男性が一人立っていて、 「お帰りなさいませ。」 と頭を下げた。俺は戸惑ったが、冬真は慣れたもので、 「こんにちは。お疲れ様です。」 と言い、さりげなく頭を下げた。 そうだ...忘れてた…冬真は生粋のボンボンだったんだ... 「なぁ?ここに住んでるの?随分慣れてるみたいだけど...」 「うん...元々は祖父が所有していたんだけど...ここで暮らすようになって結構経つんだ...心臓の手術をしてすぐだったよ...絹枝さんと二人で移り住んだのは...」 「あれからずっと...?」 「うん...さっきも見たでしょ?ここは管理体制が充実していて、女性と子供だけの暮らしでも困る事はあまりなかったから...」 「へぇ...」 「そこを左に曲がると俺の家...」 入口から10分ほど歩いただろうか...左に平屋建ての建物が見えた。リゾートホテルの離れを思わせる景観に俺はたじろいだ。 「何か...スゲーなぁ...俺のアパートとは雲泥の差だよ!」 「俺だって...男の独り暮らしだから...中はそんなに変わらないと思うよ...仕事道具...散乱してるし...」 玄関まで続くスロープを上って、冬真は家の鍵を開け、 「どうぞ...」 と扉を開いて、俺を招き入れた。 「お邪魔します。」 木目と白が基調の清潔感溢れる内装が印象的な室内だった。どこからか絵の具の香りも漂って来る。 冬真は一旦どこかに消えたが、再度、玄関にやって来た。その手には濡れタオルがあった。 「キャリーバッグの車輪拭けば、リビングに入れられるでしょ?これ使って...」 「あっ...ありがとう...」 俺はそのタオルを受け取り、バッグの隅々を拭いた。バッグを抱え、通された部屋はリビングダイニングで、明るい日差しが差し込む、何とも開放的な場所だった。 「葉祐君....出して....」 冬真が突然言い出した。アンバー色の瞳がゆらゆらと揺れ、冬真の色気は更に増していた。俺はクラクラしそうだった。 「へっ?なっ...何を....?」 「せ...洗濯物だよ...今から洗えば乾くし、家に帰ってから楽でしょ?」 「あ....洗濯物ね....いいよ...自分でやるから...洗濯機と洗剤だけ貸してくれる?」 「リビング出て3つ目の扉明けると、洗濯機があるから...そこに置いてあるものは、何使っても構わないよ...」 「サンキュー!」 俺は慌てて洗濯物を持ってリビングを出た。疚しい考えを一瞬でも持ったことを自嘲すると共に、冬真に対して申し訳ない気持ちになった。洗濯機に諸々放り込み、スタートボタンを押して、リビングに戻ると、冬真はさっき買ってきた食材で昼食を作り始めていた。どうやら、サンドウィッチらしい。 「手伝うよ!」 「ありがとう.....」 二人でキッチンに並んで、サンドウィッチを作った。隣にいる冬真の顔を盗み見れば、この上なく穏やかな表情だった。 「葉祐君.....」 「うん?」 「ここから、10分ほど歩くとね...共同の温泉施設があるんだ...後で行ってくると良いよ...疲れているだろうから...」 「そうなんだ!じゃあ一緒に行こうよ!」 「俺は...いいよ...葉祐君...一人で行ってきて...」 さっきまでの表情が一変、冬真はとても悲しそうな表情で言った。 「えーっ?何で?何で?そんなとこ一人で行ったってつまらないよ!」 俺がそう言うと冬真は俯いてしまい、自分のシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。 あっ.....傷痕..... 「ご....ごめん.....」 俺が謝ると、冬真は悲しそうに笑って...静かに首を横に振った。 俺は冬真を笑顔にしたいんじゃなかったのかよ...のっけから悲しませてどうするよ! 俺は無言で冬真の腕を掴み、引き寄せ、冬真を抱き締めた。冬真は驚いて体を一瞬震わせたものの、その後はおとなしく、ずっと俺の胸の中に収まっていた。 「ごめん...ホント...色々ごめん...」 デリカシーのないこと言ってごめん... 男同士で...気持ち悪かったらごめん... さっき...一瞬でも疚しいこと考えてごめん... それでも俺は...お前をこの胸の中に留めておきたいんだ...わがままで...ごめん... 本当に色々な『ごめん』の気持ちを言葉に乗せた。 「ううん...気にしないで...」 冬真は力なく笑った。 「あっ!そうだ!今度二人で貸し切り風呂付きの温泉に行かない?」 俺の言葉に冬真は顔を上げた。ちょっとビックリしているその顔は...とても可愛い。 「貸し切りなら、傷痕...誰にも見られることなく温泉に入れるだろ?俺...探しておくから...一緒に行こう...なっ?」 「うん...」 その時...冬真が初めて...俺の背中に腕を回した... 冬真のフワッとした、少しクセのある柔らかい髪に顔を埋めた...香水も何も付けていないはずなのにとても良い香りがした。 このまま...いつまでも冬真を腕の中に収めていたい... そう思った矢先、無情にも玄関のチャイムが鳴った。

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