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訪問者 #2 side Y

ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン! 恐らくこの訪問者は、チャイムのボタンを連打しているのだろう。チャイムが鳴りっぱなしだ。 冬真が俺の胸に手を添えて、 「ごめん...」 と言い、そっと離れた。今まで胸に留まっていた温かさが消え、どこか寂しい気持ちになった。 「随分、せっかちな人だなぁ。」 俺が言うと、 「この押し方をするのは...たった一人しかいないんだ...」 そう言って、冬真はクスクス笑った。二人で玄関に向かい、冬真が開錠し、俺は後でその様子を見ていた。 扉を開けると、 「冬真兄ちゃん!」 そう言いながら、男の子が冬真に抱きついた。小学校低学年ぐらいだろうか... 「修(しゅう)くん...おかえり...お祖父さんちは楽しかった...?」 「それどころじゃないよ!冬真兄ちゃん!大丈夫なの?だから、いつも僕んちで一緒に暮らそうって言ってるじゃん!」 「心配かけて...ごめんね...でも、もう大丈夫...修くんのお父さんのお友達の先生に診て頂いたから...」 「冬真兄ちゃんが大丈夫ならそれでいい!でも...もう一度ぎゅ...していい?」 「うん。」 「もう...心配したんだぞ!」 「ごめん.....」 修くんと呼ばれた男の子は、少し頬を赤く染めて、彼の身長に合わせ屈んだ冬真を抱き締めた。しばらくして、修くんは視線の先にいる俺にやっと気が付き、たじろいだ。 「誰?」 修くんはかなり警戒して、俺を睨み付けながら言った。 「あぁ...修くん...この人は海野葉祐さん。俺の友達なんだ。」 「こんにちは。はじめまして。海野葉祐です。」 と頭を下げた。 「葉祐君...この子は天城修(あまぎしゅう)。俺のいとこ。絹枝さんの息子...」 「冬真兄ちゃんが、この家に僕達以外の人を入れるなんて信じられない!この人、本当に友達?」 「うん...小学生の頃の友達なんだ...修くんのお母さんも知ってるよ...そう言えば...修くん...お母さんは?」 「もうすぐ、お父さんと来るよ!僕...冬真兄ちゃんが心配で先に来ちゃった!」 修くんは笑顔で言った。 それからほどなくして、絹枝さん夫妻がやって来た。絹枝さんは、 「まぁ...葉祐君...立派になって...背もこんなに伸びて...」 と声を詰まらせた。 「お久し振りです。絹枝さんもお元気そうで何よりです。」 絹枝さんはご主人に俺を紹介し、ご主人は天城浩(あまぎひろし)と名乗り、この別荘地の診療所で医師をしていると言った。天城先生と俺は握手をした。 「早速で悪いんだが...冬真君、ちょっと診察しておこうか?」 「はい...」 リビングで天城先生が診察を始めようとした時、修くんが俺を睨みながら言った。 「診察するから出て行ってよ!」 「修!何てこと言うの?葉祐君に失礼でしょ?」 絹枝さんが修くんを叱責した。 「あぁ。いいんです。修くんが言うことは至極当然で...俺は他人ですから...」 「葉祐君...」 冬真が寂しそうに俺を見つめた。それを見た絹枝さんが天城先生に声を掛けた。 「あなた?」 「うん?」 「診察は寝室の方が良いんじゃないかしら?採血もされるのでしょ?」 「あぁ。そうだね。私達が移動しよう。冬真君、いいね?」 「はい...」 天城先生と冬真はリビングを出て行き、修くんはそれに付いて行った。リビングには俺と絹枝さんが残された。 「葉祐君...今回は色々ご迷惑を掛けてしまった上に、修まであんな失礼な態度を取ってしまって...本当にごめんなさいね。」 「いいんです。修くん...冬真君のナイトみたいですね?」 「そうね...修は一人っ子で、兄弟もいないから...とても冬真になついてるの。それに...修は幾度となく、冬真が倒れて、運ばれる姿を小さい頃から見ているし、冬真が無気力にぼんやりとベッドで過ごすところを何度も見ているから...とても心配なの。守らなくっちゃって、いつも思っている節があるの。」 「そうだったんですか...頼もしいですね。」 「ここ数日も何だか顔色が優れなかったから、私が訪ねたり、学校がお休みの時は、修を泊まりに行かせたりしていたんだけど、今週はどうしても主人の実家に行かなくてはならなくて...何事もないといいなと思っていたんだけど...でも、葉祐君がいてくれて助かったわ。本当にありがとう。」 「いいえ。一昨日は眠れないみたいだったけど、昨日はよく眠っていました。あっ、そう言えば、昨日、親父さんの友達だったっていう方に偶然お会いしました。西田さんっていう方なんですけど...絹枝さん...ご存じですか?」 「西田さんって確か...大学の寮で、お隣のお部屋にいらした方じゃなかったかしら?」 「そこまでは、聞いてないんですけど...親父さんがいなくなる前日に、部屋を訪ねて来たって言ってましたから、多分、その方だと思います。その方の話を聞いて、少しは自分を肯定して生きてみようかなって思ったんじゃないかな。」 「そうだったの...」 「ここへも、自分から『来てくれないか』って、招待してくれたんですよ。」 「冬真が...?」 「はい。俺...今、コーヒーの製造、販売を手掛ける会社で働いています。うちの会社の直営のカフェが、今度、K町に出来るショッピングパークに初出店するんです。その関係で、俺、これからこっちの出張が増えそうなんです。出張の際は、必ず冬真君に会おうと考えています。有給もどっさり溜まちゃってるから、有給くっつければ何日かいられるし...あっ、さっき話した西田さんなんですけど、一昨日、絹枝さんに連絡したN駅前のホテルにお勤めなんです。今度、私用で泊まる時は、社割を使わせてくれるって、さっきメールが来たのでお世話になろうと思っています。」 「それじゃあ...何だか葉祐君に悪いわね...葉祐君の彼女にも...二人の時間を奪ってしまうみたいで...」 「絹枝さん...地雷踏みました...俺...彼女いないです。半年前に別れました。むしろ、冬真君の彼女に申し訳ないんじゃないかな?」 「冬真は...そういう人...いたことないの。むしろ作らないようにしているんだと思うわ。」 「どうして?」 「父親と同じ道を辿るかもしれないと思ってるんじゃないかしら?仮に好きな人が出来て、その人との間に子供が出来たとしても、自分は体が弱いから、その先どうなるか分からない...そうすると、奥さんと子供をみすみす不幸にしてしまうかもしれない...そう考えると怖いんでしょうね。それに...」 「それに...?」 「自分にはセックスが出来るだけの体力がないというか...自分の体は、セックスに堪えられるものではないと考えてるんだと思うの。」 「実際そうなんですか?」 「ううん。実際はそんなことないと思うんだけど...生活していく中で、いつしかそんな風に考えてしまったみたい...」 「そっか...冬真君なら...考えちゃうかもしれないな。」 「でもね...私と姉は、あの子自身が幸せを感じることが出来れば...『生かされる』ではなくて、自分の意思で『生きていく』を選択する、充実した日々を送ってくれれば...それだけで充分なのよ。」 「そうですね...俺も花壇で予行演習し続けている冬真君は...もう...見たくないや。」 「そうね...」 絹枝さんはそれっきり黙ってしまった。 診察が終わると、絹枝さん一家は、敷地内にある自宅兼診療所に帰って行った。修くんは残りたいと主張したが、『親友との再会を邪魔してはいけない』と天城先生にたしなめられ、まさに、後ろ髪引かれる思いで、俺を恨むような目で睨みながら、両親の後を付いて行った。 「まさに姫をお慕い、お守りするナイトだなぁ~俺...すっかり悪者だよ。」 「ごめんね...嫌な気持ちにさせちゃった...?」 「いや、そんなことないよ。優しい子なんだな。それに素直だね。『冬真が大好き』って顔に書いてある。可愛いじゃん!」 むしろ羨ましいよ... 俺も修くんみたいに...お前に対する独占欲… ああして全開に出来たらいいのにな...

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