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揺れる瞳 #1 side Y
放置したままの洗濯物を思い出し、慌てて干そうとすると冬真がそれを制し、
「俺がやるよ...」
と言った。
「いいよ。自分のだもん。」
「俺にやらせて...一昨日、昨日と迷惑...掛けちゃったし...」
冬真がぽつりと言った。
「なぁ?冬真、俺はお前に迷惑掛けられたなんて、ちっとも思っていないよ。それだけは忘れないで...」
俺は冬真の両肩をそっと掴み、冬真に響くようにゆっくりと言った。
「うん...」
冬真の綺麗なアンバーの瞳が、ふるっと揺れた。それはあまりにも美しかった。そして、彼の何とも言えない芳しい色気が、徐々に溢れ出していた。俺は再度、疚しい気分に陥りそうになったが、何とか自分を制す。
「そこまで言うならお願いしちゃおうかな。その代わり、お礼にコーヒー淹れるよ!」
「ありがとう...」
ウッドデッキに出て、洗濯物を干す冬真は、日に晒されてキラキラ輝いていた。白いシャツが光に透けて、体の線が際立っていた。そのせいか、冬真の色気は溢れ出すではなく、こぼれ落ちているように感じた。
冬真の薄い割りに、少しぽてりとした柔らかそうなあの唇に触れられたら...どんなに気持ちがいいだろう。唇に触れるだけでなく、冬真と一つになることが出来たら...そうなったら、冬真はどんな風になるのだろう。あの芳しいほどの色気MAXになった冬真は...どんな風に乱れていくのだろう...
俺の疚しい思考が、どんどんエスカレートしている事に気が付いた。その疚しい思考を隠す様に、冬真が戻って来るまでに、理性をフル稼働させ、平常心になるよう努めた。
室内に戻って来た冬真が、キッチンにいる俺の隣に立った。
「コーヒー屋さんの淹れるコーヒー...楽しみ...」
俺を見つめて、冬真が微笑む。
「期待していいぞ!一応バリスタの資格持ってますから。」
俺が冗談ぽく言うと、
「それはそれは...もっと楽しみになりました...バリスタさん...」
冬真はクスクス笑い、冗談ぽく返す。
さりげない会話のやり取り...
幸せだなぁ...
そう思った...
こんな風に優しい時間が俺達二人に、いつまでも降り注いでくれればいい。
そして...冬真もそう感じてるといい。
心からそう思った...
コーヒーをマグカップに淹れ、冬真に差し出した。
「ありがとう...」
「いえいえ...どうでしょう?お味は?」
コーヒーを一口飲むと、冬真の顔がぱぁっと明るくなった。
「美味しい!こんなに美味しいコーヒー初めてかも...」
「そっか?」
「うん...」
「こんなので良ければ、いつでも淹れてやるよ!」
俺の言葉に冬真の表情は、一気に雲っていく...
俺との時間が明日で終わりで...
もう会えなくなるって思ってるんだろうな...
バカだなぁ…もうお前のこと手放せるワケないだろ?
さっき、『一緒に温泉に行こう!』って言ったばかりじゃん。
あれは...慰めでも、その場しのぎの言い訳でもないんだよ。
俺はお前と出来る限り一緒にいたいんだ...
「なぁ?冬真?よく聞いて!俺、これから出張でこっちに来ることが多くなるって言ったの...覚えてる?」
冬真は頷いた。
「それにさ、人事の女の子がさ、人の顔を見る度にうるさく言うんだよ。『海野さん!早く有給消化してください!』って。有給スゲー溜まっちゃってるの。だからさ、出張の時は可能な限り有給くっつけて、出張がない時でも普通に有給使って、冬真に会いに来ようかと考えているんだけどさ。冬真はどう思う?」
「えっ...?」
「冬真は...どうしたい?俺は...お前と一緒にいたいよ。あの頃のように色んな事話したり...一緒にプラモ作ったり...お前...あの頃はおやつ禁止だったけど...一緒に色んなもの食べて...一緒に笑いたいって思ってるよ...」
冬真は逃げるように、俺から視線を外した。俺はそれを許さじと、右手で冬真の顎を持ち上げ、強制的に視線を戻し、冬真を見つめた。
「冬真はどうしたいのか、冬真の気持ちを言ってごらん。」
「........」
「大丈夫。怖がらないで!冬真がどうしたいのかだけ言えば良いんだよ。俺がどうしたいかはもう伝えたよ。何も考えないでいい。誰のことも気にしないでいい。だから今度は...冬真がどうしたいのか教えて。」
冬真はゆっくりと瞳を閉じた。そして、しばらくしてから、同じようにゆっくりと瞳を開いた。
「俺は...俺は...これからも...葉祐君に会いたい。一緒に...いたい。こちらでの仕事が終わったら...ここに...この家に...来て欲しい。」
アンバーの瞳をふるふると揺らし、冬真は切なそうに、苦しそうに俺を見つめた。
「そっか。」
「......」
俺は冬真に笑顔で応え、
「大変よくできました!自分の気持ち...ちゃんと言えたね!」
そう言って、冬真の頭をくしゃくしゃと撫でた。
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