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kiss #1 side Y

「温かい...」 そう呟いて、冬真は再び眠りに落ちた。何も考えずに安眠出来たことなんて、今まで皆無に近いのだろう。ゆっくり休ませてやりたい。しかし、俺より少しだけ背の低い、恐らく180センチ前後ある身長の冬真を、このままソファーで寝かせるのは忍びなかった。冬真を横抱きし、寝室に連れて行った。ベッドに寝かせたのは良いが、目覚めた時、不安にさせるのは本意ではない。どうしたら良いだろうか?特に良い思案もなかったので、会社から持参した販促品の会社のマスコットキャラクターの指人形をサイドテーブルに置いた。コーヒー豆を模したキャラクターで、大した物ではないが、この部屋に置くと寂しく冷たいこの寝室が、そこだけ、とても温かく感じられた。 冬真を寝かせた後、仕方なく一人で夕食を摂った。食事を終え、後片付けをしていると、扉の向こうからバタパタと足早にこちらに向かって来る足音が聞こえた。勢いよく扉が開いて、冬真が開口一番、こう言った。 「どうして...起こしてくれなかったの...?」 俺は呆気に取られて返す。 「起こしたよ。だけど、また寝ちゃったんだよ。覚えてないの?」 「うん...」 「まっ、早く食べちゃえよ!今、温めてやるからさ。」 「......」 冬真は黙り混んでしまった。 「どうした?」 心配になった俺は、冬真に尋ねた。 「い...一緒に...食べたかったのに...」 と言った。 予想外の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。冬真は急に恥ずかしくなったのか、赤面しながら、俺を上目遣いで見つめた。 「一緒に食べたかったか?」 「うん......」 「大丈夫!これから、いくらでも一緒に食べられるんだから。」 「うん......あっ...そうだ...これ......」 冬真は左手を開いた。そこには、サイドテーブルに置いてきた指人形があった。 「これ......何......?」 「これはさ、うちの会社のマスコットキャラクターの指人形。販促用に作った物なんだけど、今はこれしかないから、ひとまず、これを置いてくよ。これを見たら、一昨日から今日までのことが夢じゃないってわかるだろ?」 「うん...ありがとう...嬉しい...」 「さっ、カレー温めるかな。あっ、あとさ、風呂場の使い方教えて!食べてる間に、風呂の準備しておくからさ。」 「うん...」 鍋に火をかけると、冬真は俺の手を引いて、浴室へ連れて行き、使い方の説明をした。 「ねぇ…葉祐君...」 「うん?」 「こうして...俺の普通のことが...ちょっとづつ...葉祐君の普通になっていくんだね...」 冬真は、はにかんでそう言った... 俺の中で...理性の砦が崩れる音がした... 俺は冬真を引き寄せ... 「ごめん...ごめんな...冬真...ホントごめんな...」 そう言って... 俺は......冬真にキスをした......

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