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異変 #5 side Dr.A
あの時のことが甦った...
あれは2か月前...冬真が葉祐君と再会し、倒れた日のことだ...
「やっぱり...葉祐君は...冬真にとって特別だったわね...」
妻の絹枝が呟いた。
「何?特別って。」
「ううん。何でもないわ...」
「教えてよ。僕は冬真の主治医でもあるんだよ?」
「そうね...」
それから海野葉祐という青年の話を聞いた。冬真の人生の中で、最も楽しかった2か月弱の話を、そして、冬真が自らその繋がりを絶ち切ってしまったことを...
「その青年と今日、偶然再会して、今、介抱してもらってるんだね?」
「ええ...あの頃の二人は...まるで小鳥のようだったわ...」
「小鳥?」
「冬真は鳥かごに入った小鳥。鳥かごの世界しか知らない、外の世界を憧れることも忘れてしまった臆病な小鳥。葉祐君は外の世界で羽ばたく、元気で明るい優しい小鳥。臆病な小鳥は、優しい小鳥が来るのを毎日待ってるの。外の世界の素晴らしさを教えてくれる優しい小鳥を...いつしか、臆病な小鳥は、自分と優しい小鳥を重ね合わせて見るようになったわ。優しい小鳥が外の世界で体験していることを、自分も体験している気分になっていったの。臆病な小鳥にとって、優しい小鳥は、自分の出来ないことを何でも簡単にやってのける『希望』そのものだった。かごの中から優しい小鳥を見ているだけで...優しい小鳥が毎日来てくれるだけで...本当に幸せだったの。だけど、優しい小鳥はね、臆病な小鳥の生い立ちを知ると、臆病な小鳥に外の素晴らしさを見せてあげたくなったの。でも、臆病な小鳥にその気力も体力もないことを知ると、優しい小鳥は考えに考えて...鳥かごの中に、外の世界を持ち込むことにしたの。時には、お小遣いの前借りなんてこともしたりして...そして、臆病な小鳥が、元気になることだけを祈ったの。実際、臆病な小鳥は、無理だと言われた手術も出来るまで元気になったわ。でも...そんな2羽にも別れの時がやって来た...臆病な小鳥は思ってしまうの。離ればなれになれば、いつか優しい小鳥は、自分のことを忘れてしまうだろうと...元々、元気な小鳥なんですもの。外の世界に戻れば、自分のことも忘れてしまって、自分にとって幸せだった時間が、優しい小鳥の記憶からなくなってしまう...臆病な小鳥にとって、それが一番の恐怖だった。それなら、楽しい思い出の中で生きたいと、『さようなら』も告げずに、優しい小鳥の前から姿を消したの。優しい小鳥は...葉祐君は…そんな子じゃないのに...」
「なるほどね...」
「もしかしたら、冬真にしてみれば、性を超越した『初恋』だったのかもしれないわね。未だに恋を知らない冬真にとって、そんなこと知る由もないないだろうけど...」
絹枝は最後にポツリとそう言ったっけ...
そして…その優しい小鳥は成長して、同じく成長した臆病な小鳥の笑顔を守りたい、幸せにしたいと言った...体にも心にも爆弾を抱え、不安定になっている今の冬真に、唯一寄り添ってやれるのは、葉祐君で間違いない。そんな彼に支えられ、冬真自身も『生かされる人生』から『生きる人生』を選択しようとしている...
『葉祐君は特別...』
確かにそうだ。二人の間にはきっと...性別を超越した深い愛が、子供の頃からあるのだろう。だから、葉祐君は迷わず荊の道を選択したのだ...
そんな事を考えてると、部屋にノック音が響いた。
「はい。」
ドアを開けたのは、古参の看護師だった。
「天城先生、冬真君が目を覚ましました。」
「分かりました。今、行きます。」
私はポケットの中の聴診器を取り出し、立ち上がった。
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