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喜怒哀楽 #3 〈楽〉 side Y
〈楽〉
鑑賞する映画は、冬真の体のことを考え、上映時間が長くないことを理由に、世界的に有名な会社のアニメーション映画をチョイスした。これなら、冬真の仕事にも役立つかもしれない。そう考えたのも理由の一つだ。
チケットを買うところから体験させたくて、最初に流れだけを教えて、あまり口を出さずに様子を見ていた。飲み物を購入し、シアター内に入ると、平日の朝イチ、上映終了間際の作品とあって、観客は俺達も含め4人しかいなかった。座席に着くと、疲れたのか、もしくは不安になったのか、冬真が俺のシャツの肘あたりをぎゅっと掴んだ。辺りが暗いのと、他の観客が遠いところにいるのをいいことに、俺は冬真の頭を自分の肩口に引き寄せ、
「お疲れさん!よくできました!」
と言い、頭を撫でた。
「うん...ありがとう...」
「王道はこれにポップコーンが付くんだけど...ポップコーン食べちゃうと、冬真、昼飯入らなくなっちゃうから、また今度な。」
「うん。とても良い香りがしたし...いつか食べてみたいな...」
嬉しそうに言った...
冬真は映画をいたく気に入った様で、鑑賞後、珍しく興奮気味に作品の話をしていた。パンフレットを買ってやれば、両腕で大事そうに抱えて持っている。
「そんなに楽しかった?」
「うん...連れてきてくれて...ありがとう...」
「また来ような。」
「いいの...?」
「もちろん!次は何がいいか目星を付けとく?」
「うん。」
待機作品のフライヤーの前に連れて行った。最初は戸惑っていたものの、2作品のフライヤーを選んだ。
「さ~て...もうすぐ昼だなぁ...どこかで食べてく?」
「うん...」
「じゃあ...食べてくか!何がいい?」
「あそこがいいな...」
珍しく冬真がリクエストした。
「どこ?」
「アイスクリーム食べたところ...」
「えっ?フードコート?」
「ダメ...?」
「ダメじゃないけど...本当にいいの?」
「うん。」
25歳の男がアニメ映画のパンフレットを大事そうに抱えたり、映画館のポップコーンを食べる日を夢見たり、フードコートに行きたがったり...普通だったら、かなり痛いヤツだよな...
でも...それでも良い。冬真が諦めてしまった物を取り返すってことは...子供時代をやり直すことなんだから...
フードコートは平日にも関わらず、たくさんの人がいた。俺達はうどんをチョイスし、冬真を座席で待たせ、俺が買いに行く。会計を済ませ、座席で待っている冬真を見れば、冬真は近くに座っている親子連れをずっと見ていた。
あっ...そうか...分かった...
冬真がここに来たがった理由...
擬似体験だ...
ここは親子連れが多い。
たくさんの親子連れと自分を重ね合わせて...両親との時間を擬似体験してるんだ...
ちょっと...胸が苦しくなった...
両親を感じることが出来る何か...ないのかな...
探してみよう...考えてみよう...
そう思った...
テーブルに買ったばかりのうどんを置くと、冬真のスマホから着信音が鳴った。冬真はディスプレイを確認した。
「天城先生から...」
そう言って、通話を始めた。
途中で、
「葉祐に伝えます。」
「俺も良いですか?」
「初めてです。」
など言い、通話を切った。
「天城先生...何だって?」
「今日の夜...先生...うちに来るって...」
「診察?」
「ううん...葉祐とお酒飲む約束してるから...って。」
「うん。してる。」
「それでね...俺もちょっとだけなら...お酒...飲んでも良いって...」
「ホント?」
「うん...」
「お酒初めて?」
「ううん。成人式の時、ちょっとだけ舐めたことはあるよ...だけど...飲み会っていうのは...初めて...」
「そっか...良かったな!」
「うん...飲み会もそうだけど...葉祐とお酒飲むの初めてだから...そっちの方が楽しみ...」
冬真は、はにかみながら言った。
胸がきゅんとした...
冬真...お前ってヤツは...本当に...
冬真は大事に抱えていたパンフレットを一度見て、また大事そうに抱えた。それから...俺を見た。
「今日は楽しいことばかり...葉祐...ありがとう…」
そう言って...最高に眩しい笑顔をくれた。
冬真...お前ってホント天使みたいだな...こんな些細なことで、こんな最高の笑顔をくれるなら...
俺...
何だってするよ......お前のために......
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