50 / 258

喜怒哀楽 #3 〈楽〉 side Y

〈楽〉 鑑賞する映画は、冬真の体のことを考え、上映時間が長くないことを理由に、世界的に有名な会社のアニメーション映画をチョイスした。これなら、冬真の仕事にも役立つかもしれない。そう考えたのも理由の一つだ。 チケットを買うところから体験させたくて、最初に流れだけを教えて、あまり口を出さずに様子を見ていた。飲み物を購入し、シアター内に入ると、平日の朝イチ、上映終了間際の作品とあって、観客は俺達も含め4人しかいなかった。座席に着くと、疲れたのか、もしくは不安になったのか、冬真が俺のシャツの肘あたりをぎゅっと掴んだ。辺りが暗いのと、他の観客が遠いところにいるのをいいことに、俺は冬真の頭を自分の肩口に引き寄せ、 「お疲れさん!よくできました!」 と言い、頭を撫でた。 「うん...ありがとう...」 「王道はこれにポップコーンが付くんだけど...ポップコーン食べちゃうと、冬真、昼飯入らなくなっちゃうから、また今度な。」 「うん。とても良い香りがしたし...いつか食べてみたいな...」 嬉しそうに言った... 冬真は映画をいたく気に入った様で、鑑賞後、珍しく興奮気味に作品の話をしていた。パンフレットを買ってやれば、両腕で大事そうに抱えて持っている。 「そんなに楽しかった?」 「うん...連れてきてくれて...ありがとう...」 「また来ような。」 「いいの...?」 「もちろん!次は何がいいか目星を付けとく?」 「うん。」 待機作品のフライヤーの前に連れて行った。最初は戸惑っていたものの、2作品のフライヤーを選んだ。 「さ~て...もうすぐ昼だなぁ...どこかで食べてく?」 「うん...」 「じゃあ...食べてくか!何がいい?」 「あそこがいいな...」 珍しく冬真がリクエストした。 「どこ?」 「アイスクリーム食べたところ...」 「えっ?フードコート?」 「ダメ...?」 「ダメじゃないけど...本当にいいの?」 「うん。」 25歳の男がアニメ映画のパンフレットを大事そうに抱えたり、映画館のポップコーンを食べる日を夢見たり、フードコートに行きたがったり...普通だったら、かなり痛いヤツだよな... でも...それでも良い。冬真が諦めてしまった物を取り返すってことは...子供時代をやり直すことなんだから... フードコートは平日にも関わらず、たくさんの人がいた。俺達はうどんをチョイスし、冬真を座席で待たせ、俺が買いに行く。会計を済ませ、座席で待っている冬真を見れば、冬真は近くに座っている親子連れをずっと見ていた。 あっ...そうか...分かった... 冬真がここに来たがった理由... 擬似体験だ... ここは親子連れが多い。 たくさんの親子連れと自分を重ね合わせて...両親との時間を擬似体験してるんだ... ちょっと...胸が苦しくなった... 両親を感じることが出来る何か...ないのかな... 探してみよう...考えてみよう... そう思った... テーブルに買ったばかりのうどんを置くと、冬真のスマホから着信音が鳴った。冬真はディスプレイを確認した。 「天城先生から...」 そう言って、通話を始めた。 途中で、 「葉祐に伝えます。」 「俺も良いですか?」 「初めてです。」 など言い、通話を切った。 「天城先生...何だって?」 「今日の夜...先生...うちに来るって...」 「診察?」 「ううん...葉祐とお酒飲む約束してるから...って。」 「うん。してる。」 「それでね...俺もちょっとだけなら...お酒...飲んでも良いって...」 「ホント?」 「うん...」 「お酒初めて?」 「ううん。成人式の時、ちょっとだけ舐めたことはあるよ...だけど...飲み会っていうのは...初めて...」 「そっか...良かったな!」 「うん...飲み会もそうだけど...葉祐とお酒飲むの初めてだから...そっちの方が楽しみ...」 冬真は、はにかみながら言った。 胸がきゅんとした... 冬真...お前ってヤツは...本当に... 冬真は大事に抱えていたパンフレットを一度見て、また大事そうに抱えた。それから...俺を見た。 「今日は楽しいことばかり...葉祐...ありがとう…」 そう言って...最高に眩しい笑顔をくれた。 冬真...お前ってホント天使みたいだな...こんな些細なことで、こんな最高の笑顔をくれるなら... 俺... 何だってするよ......お前のために......

ともだちにシェアしよう!