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打診 #1 side Y
その日の19時過ぎに、天城医師は玄関のチャイムを鳴らした。
「図々しく、本当に来てしまったよ。」
天城医師は、笑いながら大皿を手に現れた。恐らく盛られているのは、絹枝さんお手製の料理だろう。
「「こんばんは。」」
冬真と二人、ハモる様に挨拶してしまい、思わず顔を見合わせて笑った。
「葉祐君、これ、今夜の肴に。」
天城医師は大皿を差し出した。
「ありがとうございます。」
「おっ?冬真!随分、顔色が良くなってきたな!」
天城医師が言うと、冬真は嬉しそうに笑った。
「男ばかりの飲み会の前に、ちょっと診察しておこうか?」
「はい...」
二人は寝室へ向かおうとした。
「じゃあ、俺は準備しています。終わったらリビングへ来てください。」
二人に声を掛け、リビングへ向かった。
診察は思ったより時間が掛かった。男ばかりの飲み会がスタートして1時間も経たないうちに、冬真は船を漕ぎだした。
「冬真?眠い?」
「う......ん...」
「寝室行こう?」
「イ...ヤ......」
「じゃあ...リビングのベッドに連れてくよ?」
冬真からは、もう何の返事もなかった。
俺は冬真を横抱きにして、リビングに置いてある折り畳みベッドに寝かせた。リビングの灯りを少し落として、飲み会はリビングから、ダイニングに移動になった。
「ご苦労さん。葉祐君の前だと、冬真は随分、甘えん坊なんだな。」
「酔ったんですかね...久々の酒だったみたいだし...」
冬真の飲んでいた缶チューハイを見てみると、メラミン製のコップにも、缶にも半分以上残っていた。
「今日は映画鑑賞に行ったんだろう?」
「ええ。初めてのことだったし、疲れたのかなぁ...ここ最近、午前中だけとはいえ、色々連れ回してしまっているし...」
「いや。おかげで心の方は安定してきてると思うよ。」
「そうだと良いのですが...昨日も一昨日も、睡眠時遊行症の症状が出ましたし...ちょっと気になっています...大丈夫でしょうか...?」
「う~ん...あの様子だと今日はなさそうだな。珍しく饒舌に自分のことを話してくれたからね。とても充実した日々を送っているようだし...あの寂しかった寝室も、随分賑やかになった。」
「子供っぽいですよね...でも...俺...冬真君が今まで諦めてしまった物を、一緒に取り戻そうと考えています。」
「諦めてしまったもの?」
「簡単に言えば、子供時代です。普通だったら、子供時代にして来たであろうことを、これから一緒にしていこうと思っています。例えば、旅行や海水浴...あっ、もちろん泳ぎませんよ。足元を海に浸けるだけですけど...今日の映画鑑賞もそのうちの一つです。」
「なるほど...」
「それで...折り入って、先生にお願いがあるんです。」
「何だろう?」
「俺...冬真君が誕生する前後ぐらいのご両親のことを知っている方を探そうと考えてます。」
「それはまた...何故?」
「今日もそうでしたが...最近、親子連れがたくさんいるところに行きたがります。そこで親子連れをよく見ています。多分...その子供と自分を重ね合わせて見てるんです...両親との時間を擬似体験しているんだと思います。特に親父さんに関しては、駆け落ちする前を知る人はいても、それから亡くなるまでのことを知る人が、冬真君の周りには全くいません。その期間を知ることが、今の冬真君には必要だと思うんです。残念ながら、どんなに頑張っても、俺は親代わりにはなってやれないので...」
「分かった。義兄さんの遺品は、織枝義姉さんが管理しているはずだから、そこから何かわかるかもしれない...絹枝に連絡するように言ってみるよ。」
「ありがとうございます。」
「葉祐君?」
「はい。」
「悪いな...君ばかりに負担が掛かってしまって...悪いと思いつつも...どうしても一つだけ聞いておきたいことがあるんだが...」
天城医師は、珍しく言い淀み、膝の上で指を組んだ。
「下世話な物言いで、本当に申し訳ないんだが...」
「はい......」
「葉祐君......冬真を抱けるかい?」
「えっ......」
天城医師の突然の打診に...俺は...言葉を失った...
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