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戸惑い #1 side S (Saito)
俺がそれを知った翌日、通勤時に会った当の本人はかなり呑気なもんだった。
「おう!斎藤!おはよ!」
「おはよじゃねーよ!葉祐...お前、N 支社へ異動願い出したそうじゃねーか!」
「あぁ。そのこと。情報早いね。」
「そのことじゃねーよ!」
「斎藤、お前...怒ってるの?」
「当たり前だろ?何でそんな大事なこと黙ってたんだよ!」
「ごめん。でも...随分前から考えていたんだ...」
「理由は何だよ?」
「あくまでも私的な事なんだ。お前は知らない方が良いと思う。」
「何だよ!それ!俺達仲間じゃねーの?友達じゃねーの?みんな心配しているんだよ!由里子も石橋も香ちゃんも!」
葉祐はしばらく黙っていた。そして...
「分かったよ...みんなでメシでも食おう。その時話すよ。出来れば個室がいいな。話がかなりデリケートなんだ...」
と言った。
「分かった。今日でいいよな?本当に突然のことでみんな心配しているんだよ。お前のこと...」
「ありがとう。じゃあ...よろしく!」
その日の晩、俺は会社の最寄り駅から2駅先にある和食屋の離れを予約した。葉祐はかなりデリケートな話だと言っていた。だから、会社から程よい距離の店にした。店には俺の彼女で同期の横川由里子、1年後輩の石橋とその彼女の沢井香を呼んだ。葉祐と俺と石橋の三人は、仕事の良きパートナーでもあったが、プライベートの時間も共にすることが多かった。葉祐の前の彼女の浮気が発覚して、二人が別れるまでは3組で合同デートをよくしたものだ。俺と由里子は来年結婚する予定で、結婚に漕ぎ着けたのも葉祐のおかげだった。一人っ子同士の結婚に、当初、由里子の両親は反対した。それを葉祐が説得してくれたのだ。だから、俺にとっても由里子にとっても、葉祐は同期の友達でもあり、恩人でもあった。そう言えば、石橋と香ちゃんが付き合う様になったきっかけも、葉祐のおかげだと聞いたことがある...
店に集合した4人が、葉祐から聞いた話は、かなり驚愕で衝撃的な話で、誰もが絶句した...
俺は正直...よくわからなかった...
葉祐は、男のために異動するのだという...
いつから...いつから...そんな事になってたんだ...?
元カノの浮気が原因なのか?
その場は当然、重々しい空気になった。
「ほら?知らない方が良かっただろ?」
葉祐はまるで他人事の様に、さらりと言った。
「葉祐......」
「あははは...大丈夫!俺、本当に覚悟出来てるの!斎藤が横川さんを、石橋が沢井さんを守りたい、笑顔が見たい、幸せにしたいと思うのと同じように、俺もその人のこと守りたいし、笑顔にしたいし、幸せにしたい。まぁ...俺の場合、そういう人がたまたま同じ男だっただけの話なんだ。でも、周りから見れば驚いちゃうのも、嫌悪感があるのも分かる。俺自身も気が付いたらマイノリティのど真ん中にいて、自分でもビックリなんだけどさ。でも、どんなに言われようが、どんな目に遭おうが、俺はその人と一緒に生きるよ。もう...決めたんだ。」
葉祐がそう言うと、
「葉祐君はさ...それで幸せなの?」
由里子が尋ねた。
「気持ち悪いかもしれないけど...俺達は隣り合ったパズルのピースだなんだよ。二人一緒じゃなきゃ意味がないし、二人で幸せにならないとダメなんだ。俺は全身全霊でその人を愛してるし、守りたい。そう思ってる。」
葉祐が答えた。
「そっか...葉祐君にそこまで言わせる人...きっとすごく素敵な人なんだと思う。私は君達を応援するよ!」
由里子が言うと、香ちゃんも続けて言った。
「海野さん、素敵!私も応援します!海野さんにそんな風に言ってもらえるパートナーの方、羨ましいです。素敵な人なんでしょうね...きっと。」
「ありがとう!そう言ってもらえるだけで、本当にありがたい。本当に心強いよ!」
「確かに、海野さんにそこまで言わせる人って、どんな人なのか気になるな。」
石橋までもがそんな事を言い出した...
ちょっと待ってよ。俺はそんなにすぐに受け入れられないから...
「私...会ってみたいな...その人...」
由里子が言った。
「ありがとう...その人...体が弱くてさ。人生のほとんどを病院か、家の中のベッドで過ごしてて…俺達が普通にして来た事、ほとんどしたことないんだ。だから、俺は今、その人に色々体験させている最中でさ。みんなに会って、友達がいるって事を経験して欲しい。でも...身心共に上京は無理なんだ...」
葉祐は今まで見たことないぐらい、寂しそうに笑った。
「家はN市のそばなんですよね...?俺達が遊びに行ったらダメですかね...そんなに遠くないし...」
石橋が言った。
「そっか!その手があったか!是非来てくれよ!別荘地には確か、ゲストハウスもあるし、共用の温泉もあるんだ!」
「「「別荘地???!」」」
葉祐と三人は盛り上がっていた。
だけど俺は…イマイチ理解出来なかった...
それで...そんなんで...葉祐は幸せになれるのか...?
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