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戸惑い #4 side S

「冬真のプライバシーに関わることだから...本当は言わないつもりだったんだけど...」  そう前置きして、葉祐は男のことを語り出した。 出生前の両親のこと... 病弱な親父さんの死... 繊細なお袋さんの病気... 親父さんと同様の病弱な体... お袋さんの手によって落としそうになった命... 祖父方に引き取られるまでの経緯と叔母さんとの関係... 葉祐との出会いと別れ...そして再会... ガラス類とフラッシュバック.... 夢遊病... 受動的に生きてきた人生... 葉祐と一緒に取り戻す物... 初めての映画館... 葉祐が話終わると、由里子がぽつりと言った。 「確かによく...死を選択しなかったよね...頑張ったんだね...」 本当だ......よく生きて来れたよな... 「岩崎さん...可哀想です...あんなに穏やかで...優しくて...いい人なのに...」 香ちゃんは、とうとう泣き出した。石橋は香ちゃんの肩を抱き、呟いた。 「岩崎さん...どうしてそこまで...頑張れたのかな...何がそうさせたのかな...」 「正直、俺にもよくわからないんだ。冬真は何を支えに生きて来たのか...」 「やっぱりさ...」 俺が口を開くと、全員が一斉にこちらを見た。 「やっぱりさ...葉祐に会いたかったんじゃないか?いつかまた...葉祐に会いたい...潜在的にそう考えていたんじゃね?」 「そうですね…突然いなくなったこと謝るにしても...会わなくちゃ始まらないですもんね...」 俺の意見に石橋が続けて言った。 「そうかな......」 「そうですよ...岩崎さん...もう一度...もう一度だけ...って...頑張って来たんですよ...きっと...」 香ちゃんを慰めてる、石橋も泣き出しそうな顔で言った。 「ありがとう!俺、これから冬真が生まれる前後のご両親のことを知っている人を探そうと思ってる。その人から、ご両親の様子や当時のことを冬真と一緒に聞こうと思ってる。」 「何故?葉祐君や岩崎さんに何のメリットがあるの?」 由里子が疑問をぶつけた。 「最近、親子連れが多い場所に行きたがってさ。そこで、たくさんの親子連れをじっと見てるんだ。その子供と自分を重ねて、両親との時間を疑似体験してるの。俺はそんなんじゃなくて、冬真は両親の本当の愛を知るべきなんだと思う。駆け落ちまでして結ばれた二人の子だから愛されてないワケないのに、冬真は劣等感の塊で、自己肯定感が一切ない上に、お母さんとの事件があったせいで、自分は望まれた子供じゃないと思ってるんだ...冬真に自己肯定感を与えてやるには、両親とのことは避けて通れない。だけど、両親とのことを知ることは、冬真にとって想像以上にキツいと思うんだ。さっきも見たでしょ?儚い冬真を、これ以上一人にしておくことは出来ない。だから、N支社に異動の希望を出した。N支社だったら、ここから通えるしね。」 みんな、葉祐の言葉を最後に黙ってしまった... 葉祐...イラついてごめんな。 何でイラついていたのか分かったんだけどさ... 俺...お前が未知の世界へ行くようで...遠いところに行ってしまうようで...怖かったんだ... でも...お前は何にも変わってないんだ...優しくて...いいヤツで... そんなヤツが一生をかけて守りたいヤツも...不器用で...優しくて...いいヤツで... お前のおかげで...運命って言葉が本当にあるんだって知ったよ... お前と岩崎君の出会いは...間違いなく運命だな... 翌朝、みんなでリスを見た後、女性陣がお礼にと朝食を作っていた。俺は岩崎君の隣りに立った。 「岩崎君さ...」 「はい......」 「あのさ...炒飯...好き...?」 「はい......」 「俺さ、炒飯作るのスゲー得意なの。今度、岩崎君にも食べてもらいたいからさ、また遊びに来てもいいかな?」 「斎藤...」 葉祐が驚いてこちらを見た。 「はい。是非。」 岩崎君は小さく微笑んだ。 何だよ...スゲー綺麗だな... こんな美人...葉祐にはもったいんじゃない? 「それと昨日、ネットで見たんだけどさ...岩崎君が葉祐と観た映画...近々DVDになるんだって。今回のお礼にプレゼントするよ!今度は葉祐とここで観るといいよ!」 「ありがとうございます...嬉しいです...」 「あと......葉祐と幸せになれよ!絶対に!それと...ツラい事があったら、俺達のことも頼りな。俺達みんな、岩崎君の友達なんだからさ。」 岩崎君は一瞬、驚いた顔をして...それから、嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑んだ。

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