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First action #3 side Y

互いに紹介し合い、土屋さんと一緒に来た二人は、親父さんの元教え子で、男性は小山、女性は根本と名乗った。天城医師は、俺のことを冬真の親友と紹介した。   「さて...何から話そうかな...」 そう前置きして、土屋さんは語り始めた。 土屋さんは当時と変わらず、S市内にある学習塾の講師をしていると言った。現在は比較的大きな学習塾になったが、その当時はまだ立ち上げたばかりで、かなりアットホームな場所だったという。当時、講師の数が圧倒的に少なく、募集していたところ、応募に来たのが、里中光彦...冬真の親父さんだった。今、考えると、当時の塾長は、親父さんの事情を知っていたのかもしれないと土屋さんは言った。 「何故そう思うのですか?」 天城医師が尋ねた。 「その当時、講師陣の中で20代は私と里中君だけでね...自然と話すことが多かったんだ。里中君が塾に来て、ひと月位経った頃かな...『やっと家が決まったんです。』って言っていてね。今まで、どうしていたのか尋ねると、『家内と二人、塾長のお宅でお世話になっていました。』と言っていました。塾長は男気のある人でしたからね...若い二人を放って置けなかったのでしょう...」 「なるほど...」 天城医師は頷いた。 「里中君はとても穏やかで、優しい男でね。容姿も冬真君の様に素敵だったし、生徒達とも歳が近かったからね、すぐに人気者になったんだよ。」 土屋さんは冬真に向けて言う。 「ご夫婦は...どんな様子だったんですか?」 俺は尋ねた。 「お二人はとても仲が良くてね...『弥生さん』『光彦さん』って、お互いに『さん』付けで呼びあっていて...笑顔の絶えない二人でね。その頃、私は独身だったけど、家庭を持つならあんな家庭がいいと思ったよ。奥さんは天真爛漫で素直な方でね...だけど、家事があんまり得意ではなかったのかな?たまに予想をはるかに越える料理が出て来ることがあるらしくて...里中君は『どんなものが出てくるか毎日楽しみなんです。』って責めることもなく、笑ってるんです......そう言えば...お母様はお元気なの?」 土屋さんが冬真に尋ねた。 冬真は言葉を失っていた... どう答えたら良いのか...分からないのだろう... 「元気ですよ!ただ、今は遠いところに住んでいて...なかなか会えないんです。」 俺はすかさず助け船を出した。 「そうですか...それは何よりです。」 土屋さんが言った。 「そうそう...弥生姉さんは...あぁ、私達は冬真君のお母さんの事を『弥生姉さん』って呼んでたの。歳が近かったから...弥生姉さんは遊びに行くと、たまにスゴいスイーツを出したよね?」 根本さんがそう言うと、 「うん。衝撃的な物が出た!」 小山さんは応え、二人は懐かしいそうに遠い目をした。 「衝撃的な物って?」 俺の質問に二人はクスクス笑った。 「多分、砂糖と塩を間違えたんだろうと思うんだけど...甘くないケーキやクッキーがたまに出てくるの...衝撃的でしょ?見た目、美味しそうなスイーツなのに、しょっぱいって...」 「もちろん、間違えなかった物は、とても美味しいんだけど...たまにそういうことがあるから、本当にドキドキだったよね?まさに、ロシアンルーレット!今日は大丈夫かな?って。」 「冬真君が弥生姉さんのお腹にいる頃は、皆で注意したもんだよ...『赤ちゃんのご飯だけは気を付けて!』って。」 「うん。した!した!あの時は姉さん...拗ねたっけ!」 「うん。拗ねた!拗ねた!『皆ひどーい!』って。」 「弥生姉さんは、子供の目から見てもすごく純粋で、可愛らしい人でさ。イケメンの里中先生と本当にお似合いだったよね...」 「そうね...」 微笑ましい話の最中だったが、隣に座っている冬真から、浅い呼吸音が聞こえてきた。顔を覗くと、顔色は大して悪くはない。だが、確実に少し苦しくなって来ているが分かった。向かいに座る天城医師は確認出来ていないだろう... 「あの...すみません。ちょっとだけ、外の空気を吸ってきても良いですか?」 俺はつかさず、立ち上がって言った。 「あぁ。そうだね。少し休憩を入れましょうか?それこそスイーツでも召し上がりませんか?」 天城医師の提案に、他のメンバーはメニューを広げた。 「冬真!一緒に行こう!」 俺は冬真に手を差し出した。 「...うん......」 冬真は俺の手をぎゅっと握りしめ、立ち上がった。

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