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First action #8 side Y
「俺...子供の頃、一度だけ冬真のお母さんに会ったことがあります。その時のやりとりで、思い出したことがあるんです。」
「どんなこと?」
俺は初めて冬真の母親に会った日のことを、天城医師に説明した。
縁側で人形遊びをしていたお母さんが、人形の胸に耳を当てて、『コンコンってしているの。』と言ったこと。
俺が『風邪のこと?』と聞き返すと、お母さんが、『風邪は病気なのか?体の中に菌がいっぱいいるのか?』と尋ねてきたこと。
俺がそれを認めた途端、お母さんが人形の首を締めたこと。
『コンコン...菌がいっぱい...退治しなくちゃ...』と言ったこと...
「お母さんは、心を壊しても親父さんの死を『咳』という形で捉えていて、咳で苦しむ冬真を見て、ただ、風邪そのものを退治しようとしていたのではないでしょうか?」
「う~ん…そうなのかもしれないが、あくまでも推測の域を出ない話だろ?」
「はい...それでも可能性はなくはないですよね?」
「もちろん。可能性としては充分あるさ。」
「だったら、冬真に話してみても良いですか?」
「う~ん......」
「もちろん、仮説の段階であることは説明します。話してあげれば、少しは気持ちが楽になると思うんです。さっき、呟いたんです...『母はいつから、僕を殺したいほど憎むようになったのかな』って。親の愛情をほとんど知らずに生きて来たんです。親父さんのように死別なら諦めもつくのでしょうけど、お母さんは現に生きている。母親から離れなくてはならなかった理由も尋常じゃありません。どんなに冬真が母親を求めても、抱きしめてはもらえないんです。ならば、せめて憎まれたワケではないと伝えたい...冬真のためにも...お母さんのためにも...」
「葉祐君...君の気持ちは分かる。だが、私は医者だ。残念ながら、もっと明確な裏付けがないと、この件に関しては首を縦に振ることは出来ないよ。冬真にこの件を話したとして、その時は喜ぶだろう。たが何の根拠もない。やっぱり違いましたとなった時、一番悲しむのは冬真なんだよ。」
天城医師の意見はごもっともな話だ。確かにあくまでも推測の話で、何の根拠もない...
分かってる...ただの気休めだと...
それでも、冬真に母親の愛情を少しでも感じさせたい。フードコートで親子連れを、ただじっと見ている冬真が切なくて仕方がないんだ...
「よ......う...す......け......」
か細い、頼りなく俺を呼ぶ声が聞こえた。俺はベッドサイドに行く。
「ごめん......起こしちゃったな......」
「ううん......先生......?」
「何だい?」
天城医師が俺の隣に立つと、
「二人に...して....ください...。」
冬真は言った。
「分かったよ。」
天城医師が俺の顔を見て頷き、退室した。
「...葉祐......?」
「何?」
「泣かないで......」
「えっ?」
顔に手を当てて見たが、特に涙は流していない。
「泣いてないよ。」
「ううん......心は...きっと泣いてる......そうでしょ......?」
俺は絶句した。
「葉祐......俺...生まれてきて...良かったよ......」
「えっ......?」
「正直に言えば...もう少し...両親と...一緒にいたかったけど...西田さんがおっしゃったように...運命だったんだ......短い期間だったけど...俺は...とても深く...愛してもらったんだよね...?」
「うん。そうだよ。短かったけど...そんな事感じさせないぐらいとても愛された。三人はとても濃密な時を過ごしたんだよ...きっと。」
「うん...両親との時間が...短かった代わりに...神様は...葉祐に会わせてくれたんだよね...?『その人なら...両親の分も...いや、それ以上にお前を慈しみ...愛してくれるよ』って。」
冬真が頬を朱に染めながら言った。
「うん!そうだよ!そうだよ!」
「でも......体のこと...心のこと...俺を取り巻く状況は...何一つ変わってなくて...迷惑ばかり掛けちゃうし...葉祐からもらった物の...半分も返せない。だけど...葉祐のこと......ずっとずっと大好きで...ずっとずっと愛し続けることだけは出来る...それだけでも...良い...?」
冬真は相変わらず、頬を朱に染めながら微笑んだ。
とても美しかった。
「冬真...起きられる?」
「うん...」
俺は冬真を抱き起こし、ベッドと冬真の間に縦にした枕を入れ、寄り掛からせた。それから、俺は冬真に抱きついた。
「冬真...?」
「うん...?」
「それだけで......それだけで充分だよ...」
それから俺は細くて薄い、冬真の胸の中で泣き続けた。
少し落ちついた頃、俺は冬真に尋ねた。
「冬真...?」
「うん...?」
「さっきの話...聞いてた?」
「うん。」
「全部?」
「ううん...途中から...」
「途中って、どの辺?」
「秘密。」
「ちぇっ!」
俺は再度、冬真の胸に頬を寄せた。
『トクン...トクン...』
冬真の鼓動が聞こえて来た。
今まで頑張ってきた冬真の心臓...
その音を聞きながら、『冬真の夢』のことをぼんやりと思い出していた。
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