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訪問者 #4 side T

見ず知らずの人の腕に抱かれて...俺はどうすることも出来ず、そのまま玄関で立ちすくんでいた。 怖い... だけど... 男性に悪意がないのは分かる... だって... 抱きしめる腕が優しいから... この人は...誰なんだろう...? 葉祐と間違えてるの...? どうしよう... どうしたら...良いの...? 短い時間にたくさんの思考が、頭の中をぐるぐると駆け回る... だけど...やっぱり... 怖い... これが一番強い気持ちで...... 体が勝手に震えだした... だから... 葉祐......葉祐......葉祐...... 安堵したくて......最愛の人の名前を心の中で何度も何度も叫び続けた。 すると、再度チャイムが鳴った。俺はもう、すでに男性の腕の中にいて、体の自由が利かないばかりか、声すらも出せなかった。 「開いてるよ!」 と男性が言った。程なく扉が開き、扉の向こうには女性が一人立っていた。 俺は...どうなるの...? もしかして...もう...葉祐に...会えなくなっちゃうの? そう思った途端、苦しくなって呼吸が思うように出来なくなった。すると、女性が驚いて、 「何してるの!苦しそうじゃない!」 と叫んで、持っていた荷物を放り出し、俺から男性を引き離した。 「ごめんね。大丈夫だから、落ち着いてゆっくり呼吸してごらん。」 女性は俺を床に座らせてから、背中をゆっくり摩ってくれた。呼吸が徐々に普段通りになっていくと、 「何か飲もうか?」 と言って、放り出した荷物からペットボトルのお茶を取り出し、蓋を外して差し出してくれた。 飲みたいと思っているのに、手が震えてしまって、俺はペットボトルを受け取る事が出来なかった。 「ごめんね。はい...ゆっくり飲んで......」 女性はお茶を飲ませてくれた。そして...その後... 「立てる?」 と尋ねた。俺はゆっくり頷き、女性に支えられながら立ち上がった。 「落ち着くまで、少し横になろうね。」 女性はそう言って、ベッドまで俺を連れて行き、横たえさせると、 「ビックリさせちゃたわね。ごめんね...本当に。」 と言った。男性も女性と一緒にベッドサイドに並んで座り、申し訳無さそうに俺を見つめていた。 「もうっ!本当に仕様が無いんだから!イタズラしたらダメでしょ!」 女性がそう言って、男性の鼻を摘まんだ。 男性は『痛い痛い』と叫んでいた。 あれ......?これ......どこかで...... この光景に見覚えがあった......これを痛がっていたのは...この男性じゃない...誰だっけ......? あっ......!葉祐...... 痛がっていたのは......毎日病院へ来てくれていた頃の葉祐だ...... もしかして...... 「おば...さ...ん?」 やっと声を発せられるようになった俺の問い掛けに、女性はニッコリ微笑んだ。 「そうよ。思い出したのね!冬真君!」 その女性は葉祐のお母さんだった。じゃあ...隣の男性は... 「ごめんよ。冬真君...また会えて嬉しくて...つい......」 「おじ...さん......?」 男性は笑顔で頷いた。この人は...葉祐のお父さん... 俺の目から自然と涙が溢れ出して、止めることが出来なかった。 おじさんも...おばさんも...涙ぐんでいた... おばさんは...頭をずっと撫でてくれた... おじさんは...ずっと手を握ってくれた... 「温かい......」 葉祐の温かさとは違う...... だけど...よく似た温かさの三人...... 親子って......こんな感じなのかな...... 漠然とそんな事を考えていた......

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