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芽生え #1 side Y
S駅から自宅までは徒歩圏内だが、冬真の体のことを考え、タクシーを使うことにした。車内で冬真はずっと黙ったまま、車窓に流れる景色を見ていた。それは帰宅しても変わらず、ずっと俯いて、膝を抱えたまま無言で座っていた。
母さんの言葉が頭をよぎる...
『あの子は身なりは青年だけど、中身は膝を抱えた子供のままなのよ。』
まさにその通りで...
『葉祐に会いたい。』
その一心で普段なら絶対あり得ない、自分でも信じられない行動に冬真は出た。目的が無事に達成出来ていれば、きっと自信がついたんだろうけど...それどころか周囲を心配させ、警察の世話にまでなる始末...
スゲー傷付いているんだろうな...
だけど、それだけじゃなく、冬真の心の中は、たくさんの感情が渦巻いていて、自分でもどうしたら良いのか解らないんだろう。
「冬真?メシは?食った?」
冬真は首を横に振る。
「最近さぁ...忙しくて買い物に行けてないんだよ。何かあったかな...」
物色した結果、インスタントの袋麺を見付けた。冷蔵庫を覗けば、残り野菜がチラホラ......
「体調の悪いヤツに食わせるようなもんじゃないけど、これしかないから我慢してな。」
野菜をリズミカルに切っていると、こちらが気になったのか、冬真がチラッと覗き、目が合うと視線を逸らす。
天の岩戸かよ。
「こっちにおいで。」
来る確証はなかったが、声を掛けてみた。すると冬真は、おずおずとキッチンにやって来た。
「もうすぐ出来るからな。もう少し待っててな。」
「何...作ってるの?」
「インスタントラーメンだよ!食べたことぐらいあるだろ?」
「ううん......」
冬真は伏し目がちに言った。
「えっ?食べたこと...ないの?」
「うん.........」
「そっか......お前...お坊っちゃまだもんな。食べたことないか...」
「どうせ...俺なんて...つまらない人間だよ...…何も知らなくて...一人じゃ何もできない...俺なんかより......修くんの方が......」
「冬真!」
「ねぇ…葉祐。何で......怒らないの?俺のこと...」
「怒って欲しいの?」
「だって......身勝手な行動して...みんなを心配させて...迷惑掛けて...」
「解るんだ。冬真の気持ち。」
「......」
「俺に会いたくなって、ほとんど衝動的に乗っちゃったんだろ?新幹線。同じ立場なら、俺も同じことしたと思う。現に、今日明日で区切りを付けて、土日に冬真に会いに行こうって考えていたし...」
「本当?」
「うん。」
「最初は我慢しようって思ったんだ......もうすぐ、こっちに引っ越して来る。そのために今、忙しくて...会えないんだって。頭では分かってるんだけど......でも...どうにもならなくて...顔だけ見て帰ろうって思ったんだ。その気持ちだけで、新幹線飛び乗って...自分でもびっくりした。こんなこと出来るんだって。俺だって今までしたことなかっただけで、やれば出来るんだって思ったら...何だかワクワクして...嬉しかった。もちろん、おじさんとおばさんのことは考えたよ。何度も途中で連絡しようとした。でも...絶対連れ戻されちゃうと思ったんだ。せっかくここまで出来たのに...ちょっと頑張れば葉祐に会えるのにって思ったら...連絡出来なかった。東京に着いたら...急に体調が悪くなって...警察に保護されて...そんなこと知られたら...葉祐は呆れるだろうし...おじさんとおばさんには、やっぱり一人じゃダメだって思われちゃうし......だから......」
「うん。分かった。でも...誰かに連絡はしなくちゃダメだったな。皆、冬真がどこかで倒れてるかもしれないって思うだろ?」
「うん......」
「そういう時は、おじさんに言うと良いよ。」
「おじさんに?」
「うん。冬真の具合が悪くなければ、行かせてくれたはずだよ。親父はさ、『やってみようかなって、チラッとでも思ったのなら、人の道を外れなければ、何でもやってみな』っていう考えの人なんだよ。だから、きちんと冬真の気持ちを伝えていたら、おばさんを説得してくれて、応援してくれたはずだよ。」
「......」
「それに俺もおじさんもおばさんも、冬真のこと呆れもしないし、何もできないなんて思ってないよ。ただただ、大切なだけなんだ。大切だから心配しちゃう。これはどんな人でも一緒。わかる?」
「うん。」
「じゃあさ、帰りは一人で帰ってみな。本当は家まで送ってあげたいけど、今は会社休めないし...その代わり、おじさんとおばさんに、乗る予定の新幹線の発着時間とバスの時間をきちんと伝えること。新幹線に乗る前とバスに乗る前に連絡すること。いい?」
「うん!」
冬真がやっと、笑顔を見せた。
「帰ったら、まず、心配掛けた人に謝るんだぞ。」
「うん。ねぇ…葉祐......」
「うん?」
「俺も......おばさんに...鼻引っ張られちゃうのかな...お仕置き...」
「どうかな......」
「あれ......痛い?」
「痛いなんてもんじゃないよ!」
「そっか......」
「でもさ。叱るのはさ、親の仕事みたいなもんだし...それにお前初めてだろ?親にしかられるの。」
「うん。」
「ほら!ラーメン出来た!お腹すいただろ?早く食べな!」
丼に入れたラーメンをテーブルに差し出すと、冬真は頂きますと手を合わせ、ラーメンをすする。
「美味しいね!本当はこういうラーメン、食べてみたかったんだ...」
と、小さく呟いた。
本当に美味しいと感じたのか、はたまた目新しかったからか、冬真が珍しく完食した。
「おっ、スゲーなぁ!今日は五重丸のはなまるだな!」
俺が言うと、冬真は『えへへへ』と笑った。
25歳にして初めて家出して芽生えた自我と自立したいという気持ち。
何もかもが遅すぎる...
だけど...遅すぎるんじゃなくて...
それすらも、今まで諦めてきてしまったんだとしたら...
この体験は、諦めてしまったものを取り戻そうと、子供時代をやり直してる冬真にとって、貴重なものになるだろう。
この後、待ち受けているだろう親の愛の叱責も含めて...
翌週の火曜日、冬真は一人帰って行った。
その日の夜のメールは、ちょっと自信をつけたような文章が羅列されていた。母さんからは鼻をつままれたのではなく、
『頭をグリグリされて痛かったけど...嬉しかった。』
そう書かれていた。
そっか......ウメボシの方ね......
母さん、美人の冬真の顔には、さすがに制裁は下せなかったかぁ......
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♪ちょっと...こぼれ話♪
いつも私の拙作をお読みくださり、本当にありがとうございます。
以前、Twitterの方にも上げさせて頂きましたが、冬真を強くイメージしたい時に、いつも聴く曲があります。大好きなアーティストなので、よく聴きますが、冬真をイメージしたい時は、その曲ばかりリピートしてます。ピアノとチェロの旋律が美しいです。
YouTubeで聴けますので、良かったら聴いてみてください。
ルドヴィコ エイナウディ walk
で検索すると、エイナウディ氏のオフィシャルビデオが一番最初に出てくると思います。 ご本人がピアノを演奏されています。エイナウディ氏は「Fly」の方が有名かもしれません。こちらも素敵な曲です。良かったら、併せてどうぞ。
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