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衝撃 #2 side Y
隣に座る女性の顔には、疲労の色が伺えた。長い髪を一つに束ねたその無造作具合と、丸縁の眼鏡の奥の瞳がそれを物語っていた。俺の視線に気が付いた女性は言う。
「何?何か用事?そこのイケメン!」
「いや......」
「じゃあ、何で見てるのよ?」
女性は睨む様に俺を見た。
「いや......結構スゴいこと言ってるから...どうしたのかなぁと思って......」
「へっ?心の声のつもりだったけど...声に出てた?」
俺が頷くと、女性は自身の顔の前で、ペチンと手を合わせ頭を下げた。
「ひゃ~ごめん!そりゃ~驚くよね~ここのところさ、泊まり込みが続いたから...ちょっと毒吐いただけ。深い意味はないんだ。本当ごめんね!」
「俺は...別に......」
「しっかしさ。病院ってところは、本当待ち時間長いよね~ねぇ、イケメン!あんたどこか具合悪いの?」
「俺じゃなくて家族が...」
「そっか。あんたエライね!家族の面倒も見てるんじゃ、あんたみたいなイケメンでも、出逢いの場はないか...」
「えっ?」
「でもさ。あんたみたいな人、その気になったら引く手あまただと思うよ!だからさ、今は恋愛は置いといて、家族の看病に専念してやんなよ!」
「いますよ。恋人ぐらい...」
「マジでぇ?やっぱりさ、世間があんたみたいな男、放っておくワケないかぁ~で、恋人はあんたと釣り合ってんの?」
「釣り合う...って?」
「綺麗かどうかってこと!見た目普通なら、私にも望みあるでしょ?」
『その根拠はどこから...?』
そう聞きたかったが、ここはグッと堪える。
「スゴい美人ですよ!俺なんかが恋人で良いのかなって思うぐらい。」
「くぅ~リア充かぁ…ムカつく!ムカつくからさ、あんたの恋人、性格めちゃめちゃ悪いヤツってことにしておいて!うん!そうじゃないと、やってられん!」
「えーっ?」
さっきから人の話をほとんど聞かず、初対面なのに『あんた』呼ばわり。結構強烈な衝撃的な女性ではあったが、悪い人ではないのは分かる。なかなか面白いし、退屈しのぎのつもりで、俺は女性と会話を続けた。
「う~それにしても...眠い......」
「ここへは仕事?それとも診察?」
「私さぁ、この病院の研究員なの。研究者の仕事に終わりなんてないの!ちなみに盆暮れ正月もね!」
「研究者なんですか...優秀なんですね。」
「優秀かぁ......その称号のために色んな物捨てて来たなぁ…」
「例えば?」
「あんた...それ聞くかぁ?でもさ、ここで会ったのも何かの縁!教えてあげるよ!」
「はい。」
「まずは女だね!可愛い自分。オシャレすること。桃太郎が入った桃が川に流れるように、全部放流しちゃったよ。」
「あはははは...」
「あんたさ...初対面なのに、笑うとは随分失礼だね~」
「失礼はお互い様でしょ?」
「うん。確かに!あんた、面白い男だね!気に入った!私さぁ、毎月第一金曜日のこの時間、ワケあって、ここら辺にいるからさ、見掛けたら声掛けてよ!」
「はい。」
「おかげで退屈しないで済んだよ!イケメン!ありがとね!」
『イケメン』と呼ばれるには肩身が狭かったので、名前を名乗ろうかと思っていたら、前から冬真が歩いて来るのが見えた。俺は立ち上がり、
「冬真!」
と声を掛けた。
俺の動作、掛け声と同時に、件の研究員女史も立ち上がり、声を発していた。
「いわさきー!」
「「えっ?」」
俺と研究員女史は、互いに顔を見合わせた。
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