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遠い瞳 #1 side Y

「寝たねぇ…」 俺の肩に寄りかかって眠る冬真を見て、岩代女史は言う。その頃には、俺と岩代女史は酒の力もあって、かなり打ち解けていた。 「寝たね。」 「しかしさぁ...酒...弱すぎだろ?」 「仕方ないよ。酒飲んだの...人生で3回目なはずだから...」 「でも、海野の読みは当たったね!」 「読み?」 「パンナコッタ。食べさせてから...酒、飲ませたこと。」 「ああ...寝ちゃうのは確実だから。食べないで寝ちゃったら、家に帰ってから落ち込むのは目に見えてるし...」 「一緒に暮らしてるの?」 「うん...もうすぐひと月。でも...3年の期限付き。それまでにこっちに残れるような企画、立ち上げなくちゃいけなくて...」 「そっか...ねぇ?海野の恋人って......」 「俺達の場合、そういう表現とは違うと思うけど...世間的にはそうなるのかな...気分を悪くさせたら...ごめん...」 「私はそういうの全く気にしない。それにしても、随分堂々してるんだね。」 「まだまだ全員に言えるワケじゃないよ。岩代さん、口は悪いけど、良い人なの分かるしさ。現に冬真をソファー側の席に座らせてるし...」 「ひっ...一言余計なんだよ!でもさ、岩崎は今、幸せなんだね......」 「どうかな?」 「幸せだろ?海野と暮らしているんだ。岩崎はさ、中学の時からずっとずっとあんたに会いたがってた...」 「えっ?」 「岩崎と私が通っていた学校はさ、中高一貫の私立校でさ。そこの当時の理事長っていう人が、岩崎のじいちゃんと知り合いみたいでさ、じいちゃんは岩崎を学校に通わせたい、でも、岩崎の体では普通の学校生活は無理。かと言って、入院しているワケじゃないから、院内学級も入れない。じいちゃんが理事長に相談して、考え出されたのが第2保健室。勉強はしたいけど、身体的理由で通常の学校生活を送るのが困難な子のための場所なの。要は保健室登校ってヤツだな。大丈夫な時はクラスで、ダメなら第2保健室。保健室にさえ登校すれば、単位はもらえる。勉強も空いている先生が見てはくれるけど、ほとんど自主学習。テストなんかは全員同じものを受けるから、よっぽど勉強したい意思が強くないと続かない。私達が在籍していた頃は岩崎しかいなかったけど、今はシステムがきちんと整備がされて、3人の子が安心して、第2保健室で学校生活を過ごしているって聞いた。私と岩崎はさ、中学から高校までの6年間同じクラスで、岩崎、岩代で出席番後も近くてさ。新学年の1学期は、必ず隣になった。中学を入学した翌々日から、岩崎は完全に保健室登校になった。体調も不安定な上に、体力がさ、下校まで持たないの。それでもあいつ、スゴい頑張ったんだよ。可能な限り登校したし、ベッドで勉強してた。隣の席に座る私は、岩崎とクラスとのパイプ役になった。授業のノート見せたり、連絡事項伝えたりね。最初は岩崎のこと、心配していたクラスメイトも徐々に誰も口にしなくなった。それについて、互いに話したことなかったけど、岩崎は私の様子を察して言うんだ...『仕方ないんだ...岩代さんのせいじゃないよ...』って。何だか切なかったなぁ~こんなに優しくて良いヤツなのになぁ~って。最初はたまたま席が隣で、先生に頼まれて仕方なくやったパイプ役だったけど...それからは、積極的に毎日保健室通ってさ、岩崎の様子を見に行った。毎日、色んな話をした。いつだったか…お互いの『夢』の話になってさ。私はその頃、『夢』なんてないも同然だから、『ない』って即答したんだけど、岩崎には2つあって、その1つが『葉祐君に会いたい』だった。でも、『会いたいけど、会えない...』って。すごい苦しそうに言ったんだ...」 岩代女史はそこまで一気話すと、当時を思い馳せるように、遠くを見つめた。

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