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私の夢 side S ~Sayaka Iwashiro ~
話終えた岩崎は、ひとすじ涙を流した。
とても綺麗な涙だった。
恥ずかしいと思ったのか、岩崎は乱暴に自分の目元を拭った。
私はそれを見なかったことにする...
子供の頃って...もっと何も考えずに...もっと純粋に楽しみを追いかけていたと思うんだけど...
この白く細い体で、幼い頃から心の拠り所もなく、ベッドの上でその時を待つ...
苦しかったよね...
そんな時、現れた葉祐君は、岩崎にとっては『生』の権化。
苦しかった毎日に光を与えてくれた人。
つまらない自分を否定することなく、ずっと寄り添って、明日は楽しいと教えてくれた人。
自分が長年やってみたいと考えていることを、自慢することなく、いとも簡単にやってのける人。
眩しいぐらいだったんだろうな......
「岩崎の気持ち...解るよ。」
「本当?」
「うん。だけど、葉祐君の立場になれば、やっぱり『どうして?』って思うかも。」
「そうだよね......」
「でもさ、優しそうな人みたいだし、怒ってはいないんじゃないかな。住所とか知らないの?」
岩崎は首を横に降った。
「そっか…もし葉祐君に会えたら、どうする?」
「謝りたい......」
「それだけ?」
「うん...元気になってたら...色々考えただろうけど...もう...それも無理そうだし...」
「弱気になってどうする?」
「ありがとう...でも...いいんだ。無理なのは...自分が一番分かっているから...」
岩崎は伏し目がちに言った。
何か楽しみをあげたいな。
早くその日が来ないかなって待ち望むような...
些細なことでいいから...葉祐君みたいに…
「そうだ!夏休みになったらさ、うちに泊まりに来なよ!」
「えっ?」
「弟二人いてさ、うるさいし、狭いし、ゴージャスなご飯も出ないけど...花火やったり、すいか食べたり、駄菓子屋で買い食いして、ラムネ飲んでさ、思いきり夏っぽいことしようよ!こうやってさ、少し先に楽しみを作っておくと、明日が来るのが楽しみでしょ?」
「うん。楽しみ。すいか以外...したことない...」
岩崎はとても嬉しそうに、彼らしく綺麗に微笑んだ。
だけど...
これが実現することはなかった。
その年の夏、岩崎の体調が悪化して、夏の間ずっと入院した。退院したのは、秋も深まった頃だった。やっと登校出来るようになった岩崎は、相変わらず顔色が悪くて、それでも笑顔で迎えてくれた。
だけど...勉強以外の事は何も期待せず、諦めることが多くなっていった。
体育の授業中、校庭から第2保健室を覗くと、ベッドの上でぼんやりとしている姿をよく見かけた。
それを見ているのは...とても苦しかった。
散々たくさんの物を諦めてきた岩崎が、もう...生きることすら、諦めようとしている様に見えたから...
この時、私は自分の夢を決めたんだ!医者か薬の研究者になって、岩崎を救ってやろうって...
あの岩崎が大人になって、あんなに会いたがってた葉祐君の肩に寄りかかって、目の前で穏やかに眠っている。
葉祐君だけは...諦めなかったったんだね...
良かったな...心からそう思う。
その葉祐君は、想像以上に優しくて良いヤツで...
「冬真、寒くないかな…風邪引いたら、大変だからなぁ...」
なんて言いながら、自分が羽織ってきたパーカーを、岩崎を起こさないように脱いで、岩崎の肩口にかけてあげてるし...
良かったな…岩崎!幸せになれよ!
「海野......あのさ......」
「うん?」
「岩崎のこと......よろしくな......」
「どうしたの?急に。」
「いや......私は『初代岩崎のお世話係』で、あんたは二代目だから...一応言っておこうかなと思ってさ。」
私の言葉に、葉祐君はにっこり微笑んで、
「了解しました。先代!」
そう言って、葉祐君は岩崎が寄りかかってない左手を前に出した。私も左手を出して、二人で握手をした。その時、岩崎が寝言を言った。
「パンナ...コッ...タ......」
全く......そんなに食べたかったのか......
私と葉祐君は互いに見つめ、大笑いした。
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