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冬真の過去 #2 side Y
翌日の昼過ぎ、助手席に冬真を乗せ、自宅を出発した。
「さぁて!まずはどこを目指せば良い?」
「N駅前の...デパート...」
冬真は寂しそうにポツリと呟いた。
「どうした?」
「本来なら僕が運転しなくちゃなのに......きちんとエスコートしたかった......」
「仕方ないよ。冬真、免許持ってないんだもん。それに、それ以外の部分はキッチリ冬真にエスコートしてもらうからさ。良いだろ?」
「うん......」
「興味なかったの?免許......」
「ううん。本当は取りに行きたかったけど...たくさんの反対に遭っちゃったんだ。天城先生やN大病院のドクター、絹枝さんに岩代さんまで。運転中に発作が起きたらどうするのって......」
諦めざる負えないな。それじゃ。
悲しかったよな......
「そっか......あっ!そうだ!今度、ゲーセン行こうか?駅前のスーパーの三階。」
「どうして?」
「あそこのゲーセンでカーレースのゲームしようよ!それなら免許なくても、少しは運転気分味わえるだろ?なっ?」
「楽しい...かな......」
「まっ、やってみなくちゃ始まらないよ!」
「うん......」
「それはそうと...膝の上の紙袋...何が入ってるの?」
冬真は車に乗ってから、小さな紙袋をずっと大事そうに抱えていて、俺はそれが気になって仕方がなかった。
「これはね...誕生日プレゼント。でも...まだ未完成。デパートに行ったら完成するんだ...」
「じゃあ...デパートに着いてからのお楽しみだな。」
「そうだね......」
冬真は彼らしく、小さく微笑んだ。
N駅前のデパートの駐車場に車を入れると、冬真は時計・宝飾品売場を目指した。このフロアだけは、他のフロアと別世界で、高級感が漂い、俺は自分がこのフロアにいることが、何やら場違いの様な気がして仕方がなかった。さすがに、このフロアに客はまばらで、足を踏み入れたとたん、待っていましたとばかりに店員全員がこちらに視線を送った。その中の一人の男性が、こちらに向かって品良く歩み寄った。
「これは、岩崎様。いらっしゃいませ。本日、メンテナンスのお約束がありましたでしょうか?」
「こんにちは。いいえ...約束はしていないのですが...ちょっと...調整をお願いしたくて......」
「何か不具合でもございましたでしょうか?」
男性は恐る恐る尋ねた。
「いいえ。そうではありません。実は......あの時計をこの男性に譲渡しようと考えていまして...なので、彼の手首に合うように…コマを増やして頂きたいのです。」
「かしこまりました。只今、調整をいたしますので、どうぞおかけください。」
二人でカウンターに並んで座り、冬真は今まで大切そうに抱えていた袋を店員に渡した。その中から出てきたのは、時計の知識など、ほとんどない俺でも知っているぐらい有名な超高級時計ブランドの腕時計だった。コマの調整と軽いメンテナンスをしてもらった後、俺達はそのフロアを後にした。駐車場に戻り、車の中で、冬真はその腕時計を俺の左手首につけた。
「なぁ?冬真…やっぱりさ...これ...もらえないよ...」
「どうして...?」
「冬真の愛用の品を譲り受けたのは、めちゃめちゃ嬉しいよ!でもさ、いくら時計に詳しくない俺だって、この時計の相場ぐらい知ってるよ!誕生日プレゼントにって気軽にもらえるって額じゃないだろ?」
「この時計はね...今の僕達に関係なく...最終的に...葉祐の手に渡っていたはずなんだ......」
「えっ?」
「高2の夏...かなり長期間入院したんだ。結構酷くてね...もうダメかもしれないなって......自分でも思った。熱が全然下がらなくて...そのうち、食事も摂れなくなって...朝も夜も分からないぐらい...ずっとベッドで寝てるだけになった。死ぬのは怖くなかったけど......したかったこと...やってみたかったこと...見てみたかったこと...やり残したことがたくさんあって...自分の人生は...やっぱり...つまらなかったなって思った。」
「冬真......」
「それでも...一生懸命生きたんだって...葉祐には知っていてもらいたい...そう思ったら...自分が生きた証が欲しくなったの。だからね、一生懸命生きて...自分で稼いだお金で何か買おうって考えた。何が良いか...熱で朦朧とする頭で...毎日毎日考えた。」
「結果、時計にしたんだね。」
「うん。時を刻む...何だか『生』を感じるでしょ?」
「確かに。」
「俺が死んでもこの時計は…時を刻み続けてくれる。僕の代わりに...たくさんの景色を見続けてくれる。だから...ちょっとのメンテナンスで時を刻み続ける高性能・高機能の物を選ぶことにした。すぐ壊れちゃうものはダメ。それなら俺と同じ。僕は粗悪品。だから...目指す頂上まではとても遠いけど...僕はこの時計を目標にした。」
「違う...違うよ。冬真は粗悪品なんかじゃない!」
「大丈夫。今はそう思ってない。でもね、その時はそう思ってた。奇跡的に回復して、退院して、高校卒業して、大学生になった時...自宅で出来るアルバイト見つけたんだ。予備校や学習塾の模試の採点。給料は全部貯金した。大学も無事に卒業して...今の仕事に就いて...しばらくして...やっと買えたんだ。」
冬真が時計をさらりと撫でた。
「俺が頑張って生きた証......葉祐に持っていてもらいたい。それに...これなら...会社の日でもそばにいられる。そんな気分になれるから...いつでも...葉祐のそばにいたいから......」
「冬真......」
「葉祐に再会出来なかったとしても...僕がこの世からいなくなった時...葉祐を探してもらって...葉祐が許してくれたら...その時は...この時計を葉祐に持っていてもらおうって...ずっと考えてたんだ...」
「最終的に俺の手に渡るって...」
「うん。重たくて...ごめん...」
冬真は限界を示すように俯いた......
「冬真...」
「うん?」
「時計...ありがたく戴くよ!この時計は冬真の分身なんだね。お前同様、大切にするから!最高の誕生日プレゼント...本当にありがとう!」
「葉祐......」
冬真の頬を朱に染めた顔に思わず欲情しそうになった...
このままホテルに入らないことを祈る...
なぜなら...
本能のまま突っ走り、抱き潰してしまうことが目に見えているから...
「なぁ...冬真?」
「うん?」
「今日の予定の中に、一つ組み入れてもらいたいことがあるんだけどさ。」
「何?」
「ゲーセン...行かない?二人でカーレースしようぜ!」
「うん......下手でも...笑わないでよ...」
冬真はまた小さく微笑んだ。
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