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事件 #2 side Y
冬真に面会出来たのは...病院へ運ばれてから3日後のことだった。冬真はその日、集中治療室から一般病棟に移った。一般病棟に移ったとは言え、身体にはたくさんの管が張り巡らされ、頭には包帯が巻かれ、左の頬には大きい絆創膏が貼られていた。顔や頭だけではない、身体の至るところに青あざや擦過傷が見られ、相当な暴行が加えられたのだと一目で分かった。
「冬真......」
声を掛けても、冬真は反応することはなかった。
冬真の瞳は...あてもなく一点を見つめ、深い悲しみの色に染まっていた。冬真が警察の事情聴取に応じることは不可能で、捜査は難航するかと思われたが、ホテルの防犯ビデオが決め手となり、犯人は直ぐに逮捕された。犯人は同窓会に出席していた同級生二人で、性的暴行目的で冬真を拉致した。抵抗する冬真に、二人は暴力を振るった。徐々に意識が遠退いていく冬真に、二人は性的暴力も加えた。しかし、途中で冬真の心臓の発作が起こり、二人は怖くなって逃げ出したのだと言う。冬真は苦しみと闘い、エマージェンシーコールのボタンを押すことに成功、ホテル側に発見された。部屋に駆けつけたホテルマンが冬真の姿を見て、尋常ではないと判断、警察に通報。そして、警察の捜査のメスが入ることになった......
犯人二人は有罪になり、冬真に対し、慰謝料と療養費を支払うことが言い渡された。
しかし、冬真は声を失い、心を閉ざしたままで、歩行すらもままならなかった。仕事も辞めざる負えず、筆を折った。俺の方も、会社勤めと冬真の介護の両立は難しく、両親が俺の代わりに日中の介護を申し出てくれた。しかし、俺はそれを断り、退職の道を選択した。
あの事件から3年の月日が流れた......
冬真は相変わらず声を失い、心を閉ざしたままだったが、徐々に快方に向かっている素振りを見せるようになっていた。俺は今、カフェの経営をしている。退職した当時、しばらくは退職金で生活を繋いでいこうと考えていた。冬真のお見舞いに来てくださった方々に振る舞ったコーヒーが好評で、『店を出したらどうか?』と言ってもらえることが多かった。何もしないよりはと考え、店を出すまでの勉強をし、そのための資格を取得した。その後、自宅の庭とウッドデッキのスペースで、夏場だけ営業するカフェを始めた。母さんも手伝ってくれることになり、ケーキやクッキーを焼いてくれた。コーヒーとスイーツがすこぶる好評で、冬場も営業して欲しいという声と、噂が噂を呼び、別荘地の人だけでなく、一般の人向けにも営業して欲しいという声が相高まって、管理事務所の一部を貸して貰えることになり、今、リフォームの真っ最中だ。
俺はいつものように、今日もウッドデッキに足湯の準備をする。足湯はほぼ日課に等しく、ほとんどの時間をベットの上や車イスで費やしている冬真の体を冷やさないようにするためと、足のマッサージをして歩行をスムーズに促すためだ。車イスから冬真を横抱きにし、椅子に座らせ、冬真の足をたらいに沈めた。
「どうだ?冬真!気持ちいいだろ?」
「......」
もちろん、声は返ってこない。その代わり、冬真はゆっくりと瞬きをする。冬真の瞬きは肯定を意味する。これは...二人で肩を寄せ合って生きてきて、手探りで習得したこと。三年間かかって、やっと出来るようになった...冬真の唯一の意思表示...
「冬真、足湯好きだもんな!」
冬真はまたゆっくりと瞬きをした。
「うん。よしよし!分かったよ!」
俺はくしゃくしゃと冬真の頭を撫でた。
「今日は斎藤が遊びに来るよ!斎藤と由里子さんと娘の真生(まお)ちゃん!分かる?」
今度はただ遠くを見つめているだけだった。
「あー...文が長くて難しかったかぁ...斎藤が遊びに来るよ!」
そう言うと、冬真はゆっくりと瞬きをした。
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