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Evergreen #1 side S ~Saito ~
こんなにも......懐の大きいヤツだっただろうか......
同期入社の仲間の中でも、コイツだけには肩肘を張らないで済んだ。スゲー優しくて、誰からも信頼される人気者。見た目もいわゆるイケメンで、『紹介して』と言われたこと数知れず。優し過ぎるところがたまに傷だけど...正直、コイツには非の打ち所がないんじゃないか...そう思っていた。
そんな男が『ガキかっ!』って思うほど、独占欲全開で執着したのが、儚げで美しく、身も心も繊細な男...
男は美しい男が全てで、美しい男もこの男だけが全てだった。二人で肩を寄せ合って、この森で静かに、互いの幸せだけを祈って生きて来たのに...
ある日突然...二人の幸せは...乱暴な私利私欲のために壊された......
傷付いた美しい男は、たくさんの物を奪われた...今まで普通に出来ていたことが出来なくなって...生業としていた筆さえも持てなくなって、仕事も辞めざる負えなくなった。
男もきっと傷付いている。恐らく美しい男以上に...
それでも男は...美しい男の前では一生懸命笑顔を見せる。なぜなら、男のその笑顔だけが美しい男の唯一の拠り所だと知っているから......
ちゃんと弱音吐けてるか?
頑張り過ぎてないか?
俺達には弱い自分見せても良いんだぞ!
お前...そんなに懐の大きいヤツだった?
もしかしたら...傷付いた美しい男との生活の中で、懐の大きい男になっていったのか...
「にぃにぃ、ねんね?」
冬真君を横抱きにした葉祐は、リビングに置いてある折り畳みベッドに彼を寝かせた。その様子を見ていた我が娘が言う。
「うん。」
「まおちゃんも!」
「えっ?」
「まおちゃん、にぃにぃとねんね。」
「だめよ。真生ちゃんは寝相が悪いから。」
夢の中で運動会でもしてるの?ってぐらい寝相の悪い我が娘。妻が静止するのも無理はない。
「いや!まおちゃん、にぃにぃとねんね!」
「ダメ!」
「まぁまぁ、由里子さん......真生ちゃん、眠いの?」
「ううん。にぃにぃ、えんえん。まおちゃん、いいこいいこ。」
「そっか......真生ちゃんは、冬真お兄ちゃんのこと心配してくれたんだね?」
「うん。」
「ありがとう!真生ちゃん、優しいんだね!じゃあ...真生ちゃん、冬真お兄ちゃんのことよろしくね。冬真お兄ちゃんは病気でね...お話しすることが出来ないんだ。もしも苦しそうにしていたら、真生ちゃん教えてくれる?」
「うん。まおちゃん、ねえねえ!」
「うん。まおちゃんはお姉さんだもんね。」
葉祐はそっとベッドを壁際に寄せ、我が娘を抱き上げ、冬真君の隣に寝かせた。落ちないようにと、壁際の方に寝かせるという配慮付き。何とも葉祐らしい。
「葉祐君...大丈夫?真生は本当に寝相が悪いのよ。冬真君に何かあったら...」
妻が不安気に葉祐を見た。
「大丈夫!心配しないで!何かって言ってもさ、真生ちゃんの力では大事には至らないよ!ひょっとしたら、冬真には何か刺激になるかもしれないし...まずは真生ちゃんの気持ちを大切にしてあげようよ!」
葉祐は微笑んだ。
ああ...やっぱり...この生活の中で、お前は懐の大きい男になったんだな...
葉祐のスマホが鳴り、冬真君を起こさないようにと、慌ててタップする。
「はい......あっ、ごめんなさい。Evergreenの海野です。はい...はい...」
5分ほどで葉祐は通話を終えた。
「カフェの話?」
「うん。仕事用の電話...まだ引いてなくてさ。リフォームの工事が終わったら引こうと思ってて...それまで連絡先を携帯にしてるからさ、知らないナンバーからの通話もあるから、出るのに戦々恐々で......」
「店の名前......『Evergreen』にしたのか?」
「うん。何かさ...この森にしっくり来る名前だろ?でもまぁ、実際は紅葉も見られるし、雪も降るんだけどね。」
葉祐は苦笑いをした。
バカだなぁ…......そんなの分かってるって......
朽ち果てることのない...冬真君への想いだってことぐらいさ......
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