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慈愛 #1 side S ~ Saito ~

注意深く見てみると、冬真君の目の動きは、葉祐の姿が見える時と見えない時では大差がある。姿が見える時の穏やかな動きとは対称的に、見えない時はかなりせわしない。 きっと...葉祐を探している。 葉祐と冬真君、二人がいかなる時でも、肩を寄せ合って生きていることにどこか安堵した。葉祐が隣に寄り添っているにも関わらず、冬真君の目の動きは今、とてもせわしない。それは我が娘、真生の落ち着きのない行動に由来している。一言も言葉を交わしていないのに、真生は冬真君にとてもなついた。その証拠に真生は冬真君から離れない。 ことあるごとに、 『にぃにぃ。』 と、まるで呪文の様だ。 「にぃにぃ!」 「こ~ら!真生!冬真お兄ちゃん、疲れちゃうでしょ?」 「ぶぅ…」 唇を尖らせながらもシュンとする真生に、葉祐は救いの手を差し伸べる。 「まぁまぁ...真生ちゃんは冬真お兄ちゃんが大好きなんだね~」 「にぃにぃ、しゅき。」 「冬真と真生ちゃんが一緒に遊べる遊び...何かないかなぁ?」 真生の意見を尊重するべく、葉祐が一生懸命考える。しかし、真生は... 「まおちゃん、えほん!にぃにぃ!」 真生は冬真君の前にお気に入りの絵本を差し出した。葉祐と冬真君、二人の瞳がみるみるうちに悲しみの色に染まる... 「真生!絵本ならパパが読んでやるよ。」 「いや!にぃにぃ!」 「真生ちゃん...ごめんね...他の遊び考えようか?」 「いや!にぃにぃ!」 真生はストライキとばかり、ドンっと座り込んだ。葉祐は悲しそうな顔をして、ずっと『ごめんね...』ばかりを繰り返し、真生は『いや!』ばかりを繰り返した。 そして...冬真君は泣いていた。 きっと責めている... 真生に絵本を読んでやれない自分を... 何だか切なくもあり、悲しくもあり、申し訳ない気持ちもあり...大小様々な感情が俺の中で渦巻いた。 何だよ...二人して... 悪いのは...このわがまま娘じゃないか! 何故...傷付いた二人が悲しい顔して...自分を責めたり、謝ったりしてるんだよ...... 何だか無性に腹が立った。我が子にも...自分にも... 「いいかげんにしなさい!」 「いや!!」 「真生!」 無意識に手を振り上げていた。 「斎藤!」 葉祐が悲痛に叫んだ。 その時ドンっと何かが落ちる音が聞こえた。俺と葉祐が驚いて音がした方に振り返ると、冬真君が床に倒れていた。そして...ゆっくりと、だけど必死に自分の意思で腹這いに進んでいた。俺と葉祐は驚いて、ただただその様子を見ていた。やっと真生のそばまで来ると、冬真君はこちらに背を向け、親猫が仔猫を守るように、体を丸めて、真生を囲むように包み込んでいた。悲しいぐらい細くなってしまった体を震わせながら... 真生を守ろうとしているんだ。 勇気と力を振り絞って... 暴力によって悲しい思いをした二人の前で... 俺は何をしようとした? 最低だな...... 「冬真!」 葉祐が慌てて、冬真君を抱き起こした。 「大丈夫!冬真!もう大丈夫!」 葉祐が冬真君の背中を撫でた。 その後、冬真君は真生に震える手を伸ばした。何かを察した葉祐が自身の手を添えて、冬真君の手を真生の頭に乗せた。それから、冬真君は指を少し動かした。 あっ...撫でているんだ... 慈愛と謝罪をこめて...... そして再度、床に倒れこみ、必死で腹這いで進み、今度は俺の前まで来た。俺は冬真君を抱き起こした。 冬真君はぎこちない動きで、難しそうに口元を三回動かした。 声は出ていない。でも、何が言いたかったのかは伝わった... 『ご...め...ん......』 何でだよ...冬真君はちっとも悪くないだろ? 違うだろ?謝るのはこっちの方だって... 冬真君はまた震える手を伸ばそうとしていた。俺は堪らなくなって、冬真君を抱きしめた。 「俺達の方こそ...ごめん。冬真君は悪くない。悪くないんだよ...真生を守ってくれてありがとう......」 この時...葉祐は事件後初めて見たらしい... 冬真君の口角が微妙に上がったことを......

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