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小さな幸せ #1 side Y

斎藤一家が帰ってから一週間、俺達は偶然にも、小さな小さな幸せを見つけた。 「冬真、ごめんなぁ。もうすぐ出来るから...」 朝食の準備をしながら、そう声を掛けると、ソファーに座っているはずの冬真の姿がなかった。 「冬真?冬真!」 キッチンを出て、リビングを探してみれば、冬真はリビングの窓際で仰向けになっていた。 「冬真!」 倒れたのか......? 慌てて冬真のそばに駆け寄ると、冬真は首を反らせて、ぼんやりと空を見ていた。 「もぉ...倒れたかと思っただろ?」 そう問いかけても、もちろん返事はない。抱き起こそうかと思った瞬間、どうして冬真がこんなところに倒れていたのかと考える。朝の身支度を済ませてから、ソファーに座らせ、朝食の準備を始めたのは間違いない... じゃあ......何故? 答えはただ一つ...... 冬真が自らの意思でここまで来たから。 全然気が付かなかった。一週間前なら、ソファーから降りるにも、ドスンと落ちる様だったのに。それにしても、どうしてこんな所まで来たんだろう? 「何してるの?」 やはり答えはない。仕方ないので、隣で同じ様に仰向けになってみた。すると...... あっ...... 空がとても青くて... 雲は真っ白で...形を少しづつ変えながら流れていく... 綺麗だな...... 空って...こんなに大きくて...綺麗だったんだ...... 忘れていたよ...そんなことも... 冬真...お前は今、どんな気持ちでこれを見ているの? 「綺麗だな......」 そう言うと、冬真は瞬きを一つした。 「だけど、この体制は首が疲れちゃうから、もうおしまい!」 仰け反った冬真の首を元に戻す。 だけど...冬真はそれに反抗するかの如く、また少しづつ首を仰け反らせようとする。 「あっ!反抗したなぁ?そういう子にはお仕置きしちゃうぞ!」 俺は冬真の脇腹をくすぐった。 考えていたような反応は全くなくて、冬真は声を出すワケでも、くすぐったがるワケでもなく、体をピクッと動かしただけだった。 何だか切なかった…くすぐったいっていう感覚も…分からなくなってしまったの? 足の裏や脇の下、首...一般的にくすぐられたら嫌な場所をくすぐってみたものの、やはり反応は一緒だった。 悲しかった...とても。 だけど...悲しんでばかりもいられない。少しづつ...少しづつ前に進んでるんだ。今までだって、そうやって二人で頑張って来たじゃないか... 俺がこんなことを考えてる隙にも、冬真は首を仰け反らせようとする。 「こ~ら~」 それを直そうとして、俺は偶然、冬真の喉仏から真っ直ぐ下りた、鎖骨のすぐ下辺りにふわりと触れた。 ふふっ... 冬真が小さく、本当に小さく空気を洩らした。それはまるで笑っているかのよう... えっ?もしかして......今...笑ったの? 半信半疑で同じところをくすぐった。 しかし、今度は声を洩らさなかった。 でも...くすぐったそうに笑っていた。 『辞めてよ!』そう言いたげに、震える手を伸ばしていた...... 俺はくすぐるのを辞めて、冬真の顔を除き込んだ。 「なぁ?くすぐったかった?」 瞬き一つ。 「嫌?」 瞬き二つ。 「でもね...冬真、今スゲー楽しそうに笑ったんだよ。自分で分かった?」 今度は無反応。 「綺麗な空と面白い雲と冬真の笑顔が見れて…俺、ホント幸せ!」 『恥ずかしいでしょ!』と言いたげに、俺を一瞥してから、また空へ視線を戻した。 「わかった!空見ててもいいけど、このままフローリングの上で寝ているのも痛いだろうし、首もこのままだと筋痛めちゃうから、ホームセンター行って、ラグマットとちょうど良い枕、買って来よう!あっ!そうだ!スーパーも寄ってさ、塩ラーメンも買おうか?昼に作ってやるよ!どうする?」 瞬き三つ。 「まずは朝食!朝食!」 横抱きにしようとすると、冬真はそれを拒み、ゆっくりと腹這いで進み出した。 「分かったよ...怪我しない様にゆっくりおいで。」 冬真が四つ目の瞬きをしたのを確認した後、俺は立ち上がり、冬真を追い越して、キッチンへ戻った。

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