129 / 258

達成感 #1 side T

「大丈夫かい?疲れていたら眠ってもいいんだよ。」 そう優しく運転席から声を掛けられ、僕はとても嬉しい様な...照れ臭い様な...何ともくすぐったい気分だった。 『ありがとうございます。』 そう言えたらいいのに...それが叶わず、やむを得ず、瞬きを一つした。 「うん。じゃあ、出発するよ。妻も娘たちも、冬真君が来るのをとても楽しみにしているんだ。」 僕が今日、運転席に座る西田さんのお宅を訪問することになったのは、三日前のことだった。僕はその日、院内学級のボランティアの日で、院内学級の事務室に西田さんは突然現れた。僕が驚いていると、西田さんは知人のお見舞いに来た帰りで、様子を見に来たと教えてくれた。 西田さんは僕の前で屈んで、両手を握ってくれた。 「病院でボランティアを始めたって、葉祐君から聞いてね。一度、様子を見たいと思っていたんだ。だけど...なかなか来られなくて...ごめんね。どうだい?楽しいかい?」 僕は瞬きをする。 「そうか...良かったな。でも...顔色が悪いなぁ~大丈夫?」 僕が瞬きをすると、主任の先生が、 「岩崎さん。会議室、使って良いよ。ゆっくり話しておいで。」 僕は主任先生にタブレットでお礼を言い、西田さんを会議室に通した。そして、西田さんに今、僕が困っている事を伝えた。なるべく分かりやすく、伝わりやすく丁寧に。西田さんは『うんうん』と頷いて、僕の話をずっと黙って聞いてくれた。最後にはタブレットをまともに押せないほど疲労していたが、西田さんに伝えることが出来て、僕はどこか安堵していた。 「なるほどね......それは大変だったね。あっ!そうだ!明明後日なんだけど、冬真君、うちに泊まりに来ないかい?その日は、勤務が午前中までで、次の日、休みなんだ。手紙の返事、うちのパソコンで書くといい。」 でも... タブレットを押す力も残っていなくて...言い淀んでいると、 「私の二人の娘...覚えてる?大きくなってね。親父はすっかり萱の外。君が来てくれると、私はとても嬉しいのだけれど...」 瞬きをしたところで、ふと、頭をよぎる... 葉祐...... 葉祐はどう思うかな...... 「葉祐君には、私から伝えようか?手紙の件は言わないで...」 西田さんの言葉に、返事を返せなかったが、西田さんは、僕の表情を汲み取ってくれたのか... 「そうだね...君から言った方が良い。」 それから、具体的な事を相談し、西田さんと別れた。 自宅に戻り、葉祐はいつものように車内から家の中まで、横抱きで僕を運んでくれる。ソファーに座らせると、葉祐は僕の顔をじっと見つめて、 「今日は、ずいぶん穏やかな顔してるなぁ...」 そう言って、嬉しそうに僕の頬を撫でた。 僕はすかさず、明明後日、西田さんの家に泊まることを、タブレットで伝えた。 『に』『し』『た』『さ』『ん』『の』 『い』『え』『と』『ま』『る』 『し』『あ』『さ』『つ』『て』 葉祐は一瞬、驚いた表情をしたけれど、すぐに僕が大好きな笑顔になって、 「そっか。わかったよ。楽しんでおいで。」 と言い、それ以上、何も聞くことはなかった。 「でも...西田さんに入浴をお願いするのは、何だか申し訳ないな。センターにお願いしておこう。あとは、具体的なこと西田さんから聞かないと...まずはセンターだな。」 葉祐はリハビリセンターに電話を掛ける。 その声を遠くで聞きながら、僕は自分一人で考え、ここまで行動出来たことに達成感でいっぱいだった。 だけど...... そう思ったのも束の間、すぐにプツリと糸が切れたように眠り、そのまま一晩眠り続けた。 翌朝目が覚めて、その事実に驚いた僕に、 「よく寝たね。」 葉祐は笑顔でそう言って、僕の頭を撫でた。その笑顔を見ながら思う。 あぁ......僕は...やっぱりこの笑顔が大好きで... 葉祐を心から愛してる...... だから...... 絶対に...もう二度と悲しませたくない...

ともだちにシェアしよう!