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達成感 #1 side T
「大丈夫かい?疲れていたら眠ってもいいんだよ。」
そう優しく運転席から声を掛けられ、僕はとても嬉しい様な...照れ臭い様な...何ともくすぐったい気分だった。
『ありがとうございます。』
そう言えたらいいのに...それが叶わず、やむを得ず、瞬きを一つした。
「うん。じゃあ、出発するよ。妻も娘たちも、冬真君が来るのをとても楽しみにしているんだ。」
僕が今日、運転席に座る西田さんのお宅を訪問することになったのは、三日前のことだった。僕はその日、院内学級のボランティアの日で、院内学級の事務室に西田さんは突然現れた。僕が驚いていると、西田さんは知人のお見舞いに来た帰りで、様子を見に来たと教えてくれた。
西田さんは僕の前で屈んで、両手を握ってくれた。
「病院でボランティアを始めたって、葉祐君から聞いてね。一度、様子を見たいと思っていたんだ。だけど...なかなか来られなくて...ごめんね。どうだい?楽しいかい?」
僕は瞬きをする。
「そうか...良かったな。でも...顔色が悪いなぁ~大丈夫?」
僕が瞬きをすると、主任の先生が、
「岩崎さん。会議室、使って良いよ。ゆっくり話しておいで。」
僕は主任先生にタブレットでお礼を言い、西田さんを会議室に通した。そして、西田さんに今、僕が困っている事を伝えた。なるべく分かりやすく、伝わりやすく丁寧に。西田さんは『うんうん』と頷いて、僕の話をずっと黙って聞いてくれた。最後にはタブレットをまともに押せないほど疲労していたが、西田さんに伝えることが出来て、僕はどこか安堵していた。
「なるほどね......それは大変だったね。あっ!そうだ!明明後日なんだけど、冬真君、うちに泊まりに来ないかい?その日は、勤務が午前中までで、次の日、休みなんだ。手紙の返事、うちのパソコンで書くといい。」
でも...
タブレットを押す力も残っていなくて...言い淀んでいると、
「私の二人の娘...覚えてる?大きくなってね。親父はすっかり萱の外。君が来てくれると、私はとても嬉しいのだけれど...」
瞬きをしたところで、ふと、頭をよぎる...
葉祐......
葉祐はどう思うかな......
「葉祐君には、私から伝えようか?手紙の件は言わないで...」
西田さんの言葉に、返事を返せなかったが、西田さんは、僕の表情を汲み取ってくれたのか...
「そうだね...君から言った方が良い。」
それから、具体的な事を相談し、西田さんと別れた。
自宅に戻り、葉祐はいつものように車内から家の中まで、横抱きで僕を運んでくれる。ソファーに座らせると、葉祐は僕の顔をじっと見つめて、
「今日は、ずいぶん穏やかな顔してるなぁ...」
そう言って、嬉しそうに僕の頬を撫でた。
僕はすかさず、明明後日、西田さんの家に泊まることを、タブレットで伝えた。
『に』『し』『た』『さ』『ん』『の』
『い』『え』『と』『ま』『る』
『し』『あ』『さ』『つ』『て』
葉祐は一瞬、驚いた表情をしたけれど、すぐに僕が大好きな笑顔になって、
「そっか。わかったよ。楽しんでおいで。」
と言い、それ以上、何も聞くことはなかった。
「でも...西田さんに入浴をお願いするのは、何だか申し訳ないな。センターにお願いしておこう。あとは、具体的なこと西田さんから聞かないと...まずはセンターだな。」
葉祐はリハビリセンターに電話を掛ける。
その声を遠くで聞きながら、僕は自分一人で考え、ここまで行動出来たことに達成感でいっぱいだった。
だけど......
そう思ったのも束の間、すぐにプツリと糸が切れたように眠り、そのまま一晩眠り続けた。
翌朝目が覚めて、その事実に驚いた僕に、
「よく寝たね。」
葉祐は笑顔でそう言って、僕の頭を撫でた。その笑顔を見ながら思う。
あぁ......僕は...やっぱりこの笑顔が大好きで...
葉祐を心から愛してる......
だから......
絶対に...もう二度と悲しませたくない...
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