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導き #5 side N ~Nishida~
隣で一生懸命キーボードを叩く姿を見て、何だかやりきれない気分になった。事件から三年...顔の傷痕はすっかり消え、父親譲りの綺麗な顔立ちは元通りになった。しかし...こうしてキーボードを一文字打つ度に指先は震え、声は未だに出せないという。
それでも...
『本当にゆっくりだけど...短い距離なら、つたい歩きが出来るようになったし、トイレも一人で行けるようになったんです!冬真、スゴい努力したんですよ!』
葉祐君は明るく言った。
身勝手な人間の欲望のために、奈落の底に突き落とされた。それでも健気に明るく、根気よく支え続けてくれたパートナー...その彼を悲しませたり、苦しめたりしたくないという冬真君の気持ちもまた、何とも健気で、純粋なものだ。大切な葉祐君を傷つけまいと、誰にも言えず、一人悩み、苦しんだ冬真君。
葉祐君を悲しませるのは、そんなことではないんだよ...
君は自分のこと...全然分かってないよ。自分のことになると無頓着というか...無自覚というか...そういうところも父親にそっくりだ。
光彦......
こんなとき...君ならどうしたんだろうか?
私では力不足だろうか?
やっぱり...君の足元にも及ばないだろうね...
それでも私は...君の代わりにこの子を見守ろうと心に決めたんだ。初めて会った日にね。だから...この子が私を頼って来たこと...
本当に嬉しかったんだ...
きちんと教えてやらないとだな。君の代わりに…
文章を打ち終えた冬真君の表情には、疲労の色と安堵の色が伺えた。文章をアウトプットし、一枚一枚封筒に入れ、出来た手紙は16通...
「なぁ?冬真君?家に帰ったら、どうして私の家に来ることになったのか、きちんと葉祐君に話すんだよ。」
冬真君は驚きの瞳で、私を見つめる。
「君は君自身と葉祐君のこと...分かってないみたいだね。冬真君...君がこういった物をよくもらう人だってことぐらい、葉祐君は分かってるんだよ...」
『えっ?』
今にも口に出しそうな表情をした。
「だからね、君がどれだけラブレターをもらおうと、どれだけ愛の告白を受けようと、葉祐君はどうってことないんだよ。まぁ...もしかしたら、ちょっとはヤキモチを焼くかもしれないけどね。葉祐君のことだ。もしかしたら...自慢してるかもしれないよ。『俺のパートナー、スゲーだろ』って。冬真君がモテることぐらい、葉祐君じゃなくても、誰だって分かる。だから、そんなことで苦しんだり、悲しんだりするワケないんだ。じゃあ...葉祐君はどういうことで苦しんだり、悲しんだりするか分かる?」
冬真君はゆっくりと首を横に振る。
「君が苦しんだり、悲しんだりすることさ。冬真君。」
冬真君は何か思うところがあったのか、何かに気が付いた様な表情をした。
「君がこの数日、これらの手紙について悩み、鬱ぎこんでいただろう?葉祐君はそれが堪らなく悲しかったと思う。話してくれれば良いのにって寂しいって思ったんじゃないかな。それでも何も聞かず、何も言わなかった。ここへも何の詮索をせず、快く送り出してくれた。それはね、君と君の力を信じているから...君が葉祐君を頼らず、自分の力で解決しようと頑張っていたから。葉祐君は寂しかったけど、見守ることを選んだんだ。」
『よ』『う』『す』『け』『い』『つ』『た』
『お』『れ』『し』『あ』『わ』『せ』
『よ』『う』『す』『け』『し』『あ』『わ』『せ』
「そうだろう?自分で選択して、解決しようとするのは悪くない。でも、話はするべきだよ。どんなに些細なこともね。困っていることなら尚更。自分で解決出来そうならそう言えば良いし、アドバイスをもらうのも一つの方法だよ。葉祐君も安心するだろうし、悩みも解決なら一石二鳥だ。」
私は冬真君の頭を撫でた。冬真君の表情は、穏やかなものに変わる。
「うん。いい顔だ!しかし...親子だなぁ...君のお父さんもね、同じ様なことで悩んでいたよ。ラブレターもらい過ぎてね。返事が追い付かないって、よく嘆いていたものだ。『放っておいて欲しいのに』って。私は何とも羨ましい悩みだなって思ったけど...」
『と』『う』『さ』『ん』『も』
「ああ!今日は君のお父さんの話をしよう!本当に君達はよく似ている!」
私は光彦との出会いからを冬真君に話始める。
光彦の話を冬真君に出来る喜びを噛み締めながら...
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