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初めての手紙 #1 side Y

初めての手紙 #1 side Y 『つ』『か』『れ』『た』 『も』『う』『ね』『る』 西田さんの家を辞してから、早々に風呂に入れ、食事を済ませ、就寝の準備を終えると、冬真はそう言った。 「うん。分かった。ベッドまで連れて行こうか?」 俺の言葉に、冬真は自身の首を横に振る。 「そっか。おやすみ。冬真...」 いつもの様に頭を撫で、リビングの扉を開けてやろうと、ソファーから立ち上がろうとすると、冬真はそれを制し、俺に一通の封筒を差し出した。 「何?」 冬真は口角を上げた。 えっ......もしかして...微笑んだのか? 微笑みと言うには、ほど遠いかもしれない。だけど、間違いなく冬真は口角を上げた。西田さんの家から戻った冬真は、出掛ける前と比べて、明らかに変化していた。一言で言えば、事件前の柔らかな雰囲気が戻って来た感じ。迎えの車の中でも、助手席に座り、光に照らされ、心地よさそうに風に当たっていた冬真は、本当に穏やかな表情で、今にも歌でも歌い出しそうだった。 改めて封筒を見ると、そこにはワープロの文字で、 『葉祐へ』 と書かれていた。 そう、これは...冬真からの初めての手紙... 早く読みたいという気持ちと、何が書かれているのか知るのが怖いという気持ちが交錯する。その相反する気持ちを落ち着かせるため、まずは西田さんにお礼の電話をと、西田さんに連絡を入れた。お礼を述べた後、西田さんは本題を切り出すように言った。 『葉祐君、君は冬真君がうちに来た理由を知っているのだろう?』 「ええ。おおよその検討はついています。」 『やっぱりね。冬真君から手紙はもらったかい?』 「はい。先ほど...」 『そうか...その手紙ね、冬真がかなりの時間を割いて、一生懸命ワープロで打ったんだ。今の彼の気持ち、そのものだと思う。それとね...』 「はい...」 『大変申し訳ないのだけれど...私の娘達が、悪気はないのだけれど、冬真君を驚かせてしまってね...怯えさせてしまったんだよ......もしかしたら、事件のこと思い出したのかもしれない...何か言ってなかったかな?』 「いいえ...特には...」 『そうか...私の二人の娘達、覚えているかい?』 「はい。以前、お邪魔した時は小学生でした。」 『あはははは。葉祐君、二人はもう高校生だよ。三人はボードゲームをしたり、おしゃべりをしたり、おやつを食べたり、とても仲良く遊んでいたよ。途中で『壁ドン』っていうの?その話になったみたいで...わからない冬真君に、下の子が冬真君相手に見本を見せたんだ。そうしたら、急に震えだしてね...呼吸も粗くなってしまって...私が抱きしめて背中を擦ったら、すぐに落ち着いたんだけど...嫌なことを思い出させてしまったかもしれない...本当に申し訳ない...』 「いいえ...大丈夫だと思います。むしろ、お礼を言わなくちゃと思っていました。」 『お礼?』 「はい。相当楽しかったのか、何か思うところがあったのか、こちらに戻って来てから、表情が随分と穏やかになりました。雰囲気も事件前の感じに近くて...それに...さっき、口角を上げました。多分、微笑んだんだと思います。」 『そうなんだ...冬真君、娘達にとことん付き合ってくれてね。美容の実験台にされていたからなぁ…彼女達の美容マッサージなるものは、多少効果があったのかもしれないね。』 「美容マッサージ?冬真が...?」 『ああ。綺麗な顔が台無しなほど、美容マッサージと称して、顔をこねくり回された感が否めないよ。その顔がおもしろかったのか、冬真君、鏡を見て、ずっと笑っていたよ。』 「それは、随分楽しそうな...」 『娘達も大爆笑だったけどね。それと...私の念願だった光彦のことも教えることが出来たんだ。』 「お父さんの?」 『ああ。光彦の格好良い話は、きっと、たくさん聞いてるだろうから、彼の失敗談やおっちょこちょいな話。まぁ...光彦には相当恨まれそうな話ばかり。冬真君が悩んでいたことと同じようなこと、父親の光彦も悩んでいたこととかね。少しは身近に光彦を感じてくれると良いんだけど...』 「冬真にはそういう話や時間が大切なんです。西田さんにしか出来ないと思います。西田さん...冬真に優しい時間をありがとうございました。」 『いや...光彦には文句を言われそうだけど...私と妻はね、冬真君のこと、我が家の長男だと思ってるんだよ。もちろん、パートナーである君も同様だよ。だからね、彼が我々を頼ってきたこと...本当に嬉しかったんだ。』 「どんなに頑張っても、俺は親の愛情はあげられないし...冬真に必要なのは、やっぱり、親の愛情だと思うから...」 『そうとも限らないと思うよ...葉祐君。早く手紙を読むといい。』 「はい。本当にありがとうございました。」 西田さんとの通話を切り、俺は冬真からの手紙の封を開けた。

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