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彼のため #1 side T
何度もフレンチキスをする僕に、しばらく言葉を失っていた葉祐は、自身の体から僕をそっと引き離した。
「あぁ...冬真......顔を...顔をよく見せて......」
僕の顎に手を添えながら言うその言葉は...ほぼ無意識に発しているように感じられた。
「綺麗だよ...本当に......ああ......」
至近距離で見つめられた上に、そんな言葉を囁かれ、とても恥ずかしくなり、思わず視線を外した。
「俺を見て...冬真......俺だけを...」
葉祐は懇願するように囁いた。もう一度視線を戻すと、葉祐の顔が徐々に近づいて、僕は少し驚いて...体をピクッと動かした。すると、葉祐は急に我に帰り...
「俺...サイテーだな...本能のまま突っ走るところだった...ごめんな...もう怖くないよ...」
葉祐は僕の頭を撫でながらそう言った。笑顔だった。だけど、その笑顔は本当に寂しそうだった。葉祐は僕のために、どれだけ我慢してきたのかな...
26歳から29歳...心身共に健全な男性...
キスしたい、誰かと体を繋がりを求めたいと思っても全然不思議じゃない。
葉祐はそんな人間ではないけれど、もしも...僕の知らないどこかで...それを...僕の知らない誰かに求めていたとしても...僕は葉祐を責められない...
僕は...葉祐の人生をも狂わせてしまった...
葉祐にはたくさんの愛情をもらってきた...
僕の笑顔ぐらいで...言葉を失うほど喜んで...
欲情して...
そして...そんな自分を戒める...
ごめんね。葉祐...
僕のために...もう...我慢しないで欲しい......
「さぁ、朝飯にしようか!身仕度自分で出来そう?」
葉祐はいつもと変わりなく言った。何も言わない僕に、葉祐は動揺していた。
「ごめん。本当...怖かったよな......」
僕を抱きしめようとするけれど、それすらも怖がらせると思ったのか、すぐ離れる。
「う~ん...どうしよう...可哀想なことしちゃったなぁ...」
そう呟いた葉祐に、僕は精一杯の力を振り絞って抱きついた。葉祐と二人、ベッドに倒れ込む。
葉祐...違うよ。怖いんじゃない...
ちょっと...ビックリしただけ...
だから...そんな風に自分を責めないで...
当たり前のことなんだよ......
伝えなくちゃ......早く......
「..よ....ぅ...す......え......ち...がぅ......」
「えっ?」
葉祐が絶句した。僕が発したのは...声と言うには程遠い、ほとんど囁き。しかも、全然言葉になってない。でも...言えた...
『葉祐、違う...』
葉祐...聞こえた?
続きを言いたいのに...もう声は出せなかった。気持ちだけが焦ってしまって、呼吸だけが粗くなる。葉祐が心配して、僕の背中を撫でた。
「冬真...落ち着いて!今、タブレット持ってくるから。」
葉祐は慌てて寝室を出て、タブレットとミネラルウォーターを持って帰って来た。水を一口飲ませてもらい、僕はタブレットで葉祐に気持ちを伝える。
『こ』『わ』『く』『な』『い』
『ひ』『つ』『く』『り』『し』『た』
『た』『い』『し』『よ』『う』『ふ』
『よ』『う』『す』『け』『わ』『る』『く』『な』『い』
葉祐に伝えたいという気持ちだけが先走り、自分でも驚くほど、たくさんの言葉を押すことが出来た。
怖くない
ビックリしただけ
大丈夫
葉祐は悪くない
葉祐は...ちょっと困った様に笑った。
「冬真ありがとう。でもね...大丈夫。今日は...お前の声が聞けたんだ......それだけで...もう充分だよ...」
そう言って、慰める様に僕の髪を梳いた。
納得がいかなかった。僕の囁きの様な声を聞けて...喜んでいるのは本心だろう。でも、絶対...自分を責めているに違いない。僕は葉祐を見つめた。しばらく二人で見つめ合うと、葉祐はプゥっと吹き出した。
なっ......何で?
「あははは...分かったよ。もぉ...ホント、変なとこ頑固なんだから。ほらほら!ほっぺた...リスみたいになってるぞ!」
葉祐はそう言いながら、僕の頬をつんつんと指先で押した。それから正座をして僕に問う。
「じゃあ......キスだけ......いいかな?」
ゆっくり頷くと...顎を持ち上げられ...そして...瞳を閉じる...
「綺麗だよ...本当に...ああ...愛おしい...俺の...冬真...」
その言葉のあと、唇に葉祐の唇が触れた...
僕は唇を静かに開き、葉祐を受け入れる...
葉祐から与えられる甘さと優しさと痺れが...絡められた舌先から僕の全身に広がった。
怖さなど微塵もなかった。
なぜなら......
この人は...僕のことを本当に愛しているのだと...
僕はこの人から...世界で一番愛されているのだと...
このキスで伝わったから......
「ああ...笑ってる......良かった......怖くなかったか?」
葉祐は心配そうに尋ねた。
僕は返事の代わりに、葉祐の頬にキスをする。
「冬真......」
とても力強いのに...大切な物に触れるように抱きしめられた。
僕のために...今まで築いてきた物、全てを棄てて、新たな船出をしようとしてくれてる葉祐....
僕はこれから、この人のために生きよう...
葉祐を助けよう...
そのために...リハビリを今まで以上に頑張ろう...
それから......葉祐をたくさん甘やかそう......
『よ』『う』『す』『け』
『し』『や』『つ』『か』『し』『て』
葉祐
シャツ貸して
「どうして?」
『き』『よ』『う』『と』『く』『へ』『つ』
『か』『れ』『し』『や』『つ』『す』『る』
今日は特別な日
彼シャツしてあげる
「えっ?えーっ!?」
そう言いながらも、恥ずかしそうに頭を掻きながら、白のロンTを出してきた葉祐の何とも可愛い表情を...僕は一生忘れないだろう...
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