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優しい時間 #1 side T
クッシュン...
葉祐が一つ、くしゃみをした。
夕食、入浴、就寝の準備を済ませると、水分補給とリラックスを兼ねて、葉祐はいつも温かいハーブティーを淹れてくれる。葉祐がくしゃみをしたのは、このタイミングだった。
大丈夫...葉祐?
不安気にソファーから葉祐を見つめると、
「そんな顔で見ないの。大丈夫だから、冬真はそれ飲んで、もう寝ちゃいな。」
僕の頭を撫でながら言う。カフェのオープンが徐々に近づいて来て、葉祐は多忙な日々を送るようになった。それでも、僕を不安にさせない様にたくさんの配慮をしてくれた。病院の送迎は必ず自らで行い、仕事も僕が病院へ行っている間と眠った後にしていて、それ以外の時間は、僕と二人のためだけに使ってくれた。泊まりがけで行かなくてはならない仕事も増えた。そんな時、僕は当初、絹枝さんの家に世話になった。天城先生は叔父でもあり、主治医だから、葉祐なりに考えてくれてのことだ。天城先生も絹枝さんも修君も大好きだが、僕は天城先生の家が得意ではなかった。天城先生の家は診療所の二階で、心身共に丈夫でない僕にとって、診療所には、ほとんど良い思い出がない。天城先生の家にはあまり行きたくなかったが、葉祐を困らせるのは不本意だったので、僕はそのことをずっと黙っていた。天城先生のお宅で世話になった帰り道、葉祐は決して車は使わず迎えに来て、必ず僕を背負って家路についた。何回目かの帰り道、葉祐は僕を背負いながら言った。
「冬真...なるべく泊まりがけはないようにするね。それでも...やむを得ない場合、今度から誰かにうちに来てもらおうか?」
僕は返事の代わりに、葉祐にぎゅっと抱きついた。それからは、その時に都合の良い人が来てくれるようになった。つい先日は、西田さんが来てくれた。
出掛ける前の玄関先で葉祐は必ず、誰がいても僕に熱い抱擁をし、おでこにキスをしてから出掛けた。そして、葉祐は何もなかったように言う。
「行ってきます。」
何度も何度も振り返って、見えなくなるまで手を振り続けた。キスと抱擁...葉祐が出掛けた後、残された僕は、それがとても恥ずかしくて...少し嫌だった。
誰も見てなかったら...嬉しいんだけどな...
西田さんは僕の背中を、優しくポンポンと叩いた。
「そんな顔するなよ。冬真君。葉祐君はね、君以上に不安なんだよ。二人が離れるってことがさ。」
不安?何で?
そう聞き返したい気持ちを、西田さんは汲み取ってくれる。
「今日まで色々なことがあって...何度も何度も君を失いかけたんだ。君が側にいないってことが、不安で不安で仕方ないんだよ。だからね、恥ずかしいかもしれないけど、好きなようにさせてあげなさい。それだけでも、不安は取り除けるんだ。そして、そんな彼に対して、君は笑顔を忘れずにね。」
西田さんはそう教えてくれたっけ。
クッシュン......
葉祐が二つ目のくしゃみをした。
「...よ...ぅ...す...ぇ......」
葉祐...
まだまだ囁きだけど、彼の名前を呼んだ。
「うん?」
葉祐は隣に座わり、優しい表情で顔を覗き込む。
「......ぁ....ぁ.........」
自分の気持ちを伝えたくて...声を出そうとするけれど...どうしても出すことが出来なかった...
伝えたいことは...山ほどあるのに...
悔しいな...悲しいな...
葉祐は、何かを察したように、僕の背中を擦りながら言った。
「大丈夫。声は出てたよ!『あ』って...無理しないでいいんだよ。」
葉祐はタブレットを差し出した。
『よ』『う』『す』『け』『く』『し』『や』『み』
『し』『ん』『は』『い』
『も』『う』『ね』『る』
『ほ』『く』『ゆ』『た』『ん』『ほ』
『い』『つ』『し』『よ』『ね』『る』
葉祐...くしゃみをした...
心配なんだ...もう休んで...
僕が湯たんぽになってあげるから...
一緒にもう寝よう...
伝わったかな...
「冬真...俺を温めてくれるの?」
と葉祐が言う。頷く僕...
「そっか!俺にとっては、最高で最強の湯たんぽだな!うん。今日の仕事はお休み!今日はもう、冬真と一緒に寝ちゃおう!」
葉祐は飲み終えたカップをシンクに入れると、ソファーに戻り、僕を横抱きにし尋ねる。
「今日は...寝室までこうして連れて行っていいかな。」
いつもはリハビリも兼ねて、歩いて寝室まで向かう。
だけど...今日は甘えちゃおう...
僕は今...笑っているんだろうな...
だって...葉祐がとても嬉しそうに笑っているから...
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