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不穏な手紙 #2 side Y
その封筒が届いて以来、冬真はかなり不安定になった。少しの物音にも過敏に反応し、風に揺れるカーテンにすら怯えた。冬真を安心させるために、俺は家の至るところの施錠をし、昼間でもカーテンを全て閉め切った。
東京の山内氏...
この封筒に書かれたものだって、架空の住所、偽名かもしれない。いくらこの別荘地のセキュリティが万全だと言っても、用心に越したことはない。
冬真は食事の量もみるみるうちに減ってしまい、とうとう流動的なもの以外は、苦しくなって全部吐き出してしまう。カレーに入ってる野菜ぐらいの固さや大きさなら、自力で咀嚼して飲み込める様になっていたのに...元気になったとは言え、まだまだ痩せ気味の部類に入る冬真。貧血だってあまりよくなってはいない。封筒が届いて、まだ日が浅いというのに、このままだと心身共にもたないだろう。事件後まもない、痩せ細り過ぎた冬真に逆戻りなんてまっぴらだ!病院に連れて行ってやりたいが、生憎、世間では三連休のど真ん中で、病院の診察は明後日からだ。天城先生も一家で旅行へ出掛け、俺の両親も久々、兄貴の家に出掛けていた。
ひとまず...明日...明日一日乗り越えれば...
俺が動揺してしまうと、冬真は更に動揺してしまう。まずは落ち着いて、普段と変わりなく過ごすように心掛けよう。
「なぁ?冬真?」
俺の声にすら、冬真は異常なまでに反応し、可哀想になるぐらい体をびくつかせた。
「何だか退屈だなぁ~ゲームでもする?あっ!それとも斎藤からもらったBlu-rayでも観る?」
冬真の返事はNOで、首を横に振った。
「そっか。じゃあ......ぬり絵しない?ちょっと待っててね。」
俺は子供向けのサイトから、ぬり絵を一つアウトプットし、冬真に見せた。動物園を模したそのぬり絵には、たくさんの動物が描かれていた。冬真は興味深くそれを見つめた。
「やってみる?」
冬真は俺を見つめる。その瞳が俺に問う...
『出来るかな?』
「大丈夫。出来るよ。アトリエから色鉛筆と画板持っておいで。一緒に行くからさ。」
再びアンバーの瞳が問う。
『画板?』
「うん、画板。今は必要なんだ。」
二人でアトリエから色鉛筆と画板を持ってくると、俺はソファーを背もたれにし、足を開き、その間に座るように促した。そう、冬真が大好きな『ストール』の体勢だ。冬真は久々に笑顔を見せ、嬉しそうに座った。後ろから抱きしめると、それまで硬直させていた体の緊張が解けていく様に感じた。ぬり絵を画板にセットして差し出すと、三年ぶりに絵の道具に触れた冬真は、それらを感慨深げに見つめていた。
「ほらっ。好きなのから塗ってごらん。」
散々迷って、冬真はライオンから塗り始めた。冬真のぬり絵は、想像を遥かに越えた出来栄えだった。確かに以前よりは少なくなったものの、未だに手の震えは残ってしまっている。だから、細かい部分はどうしても少しはみ出してしまう。だけど、ライオンの体一つ塗るにも、たくさんの色を使い分け、子供のぬり絵の域を大幅に越えていた。
「さすが画家さんだなぁ~スゲー上手!こうなると、もう子供向けのぬり絵も芸術作品だな。」
誉められることにあまり慣れていない冬真は、耳まで真っ赤にして照れた。あまりの可愛らしさに堪らず、冬真の頬にキスをした。
「冬真...お前はやっぱりアーティストなんだよ。まずはぬり絵をちょっとでいいからやってみな。やってみたいぬり絵ある?」
声にはならなかったが、冬真は自身の気持ちを唇の動きで伝えた。
『はな...』
「花のぬり絵だね。探しておくよ。花かぁ...冬真らしいね。類友っていうか...やっぱりさ...綺麗なものは、綺麗なものを引き寄せるんだなぁ...」
そう言うと、冬真は更に顔を赤くして、俺の胸に自身の頬を寄せ、そして、左手で俺の右胸をピコピコと軽く叩いた。これは冬真が恥ずかし過ぎて、どうしたら良いのか分からなくなった時にするサイン。一時でも、封筒のことはなんて忘れ、二人の穏やかな時間を取り戻したかのような気持ちになった。
しかし...無情にもその時、リビングに電話の着信音が響いた。俺達は一気に現実に戻され、冬真は再び体を硬直させ、震え出した。
「大丈夫だよ。今度こそ絶対守ってやるから......」
俺はそう言いながら、冬真をぎゅっと抱きしめた。
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