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不穏な電話 #3 side Y
リビングに着信音が響く中、俺の胸の中で冬真は震えながら、俺のシャツをぎゅっと握っていた。
「大丈夫。今度は絶対守ってやるって言っただろ?それに親父かもしれないよ。お土産何が良い?ってさ。」
冬真を抱きしめたまま、少し離れたダイニングテーブルに置いてあるスマホを手に取った。確認したディスプレイには意外な人の名前が表示されていた。
「もしもし...海野です。」
『ああ。出てくれて良かった~土屋です。久しぶりだね!元気かい?』
土屋さんは、冬真の親父さんの元同僚で、親父さんが駆け落ちしてから亡くなるまでを知っている数少ない人だ。
「はい。土屋さんはいかがですか?」
『こっちは変わりないよ。冬真君は......元気にしているかな?』
まさか今、見えない恐怖に怯えて暮らしていますとは言えないので、俺は一つ嘘をつく。
「はい。元気にしています。」
そう言うと、移動したい旨を土屋さんに伝え、電話を少し離した。俺の胸の中で、不安気に見つめる冬真に、その電話の主が土屋さんであること伝え、再度、ソファーを背もたれにし、片手だけで抱きしめて『ストール』をした。冬真はその腕を下から抱える様に両手で握った。
「すみません。お待たせしました。」
『すまないね。大丈夫だったかな?』
「はい。大丈夫です。」
『早速だけど...冬真君宛に山内という人から何か届いていないかい?』
「なぜ...それを?」
『やっぱり!不躾な質問だけど、中には何が入っていたかね?』
「ケースに入ったSDカードが一枚...」
『それだけ?』
「はい...」
『何かしらの文面は?』
「ありません。」
『もぉ...全く!あいつは!海野君...その山内という男はね、私と里中君の教え子だったヤツなんだ。』
「親父さんの?」
『ああ。山内君は今、アメリカを拠点にしている、その世界では有名なフォトグラファーでね。日本では、ちょっとしたねぐらが東京にあるんだけど、実家はこっちでね。二週間ほど前にひょっこり現れたんだよ。帰国することも珍しいのに、こっちに来るなんて本当に稀有なことで、私も十年ぶり位に会ったんだけど、聞けば、実家に置いてある物を整理しに来たと言うんだ。私はそれ以上、それについては何も聞かず、酒を酌み交わし、その日は別れたんだ。ところが、昨日になって、冬真君にプレゼントを贈ったのだが、手紙を入れ忘れたかもしれないとメールがあってね。冬真君が事件の被害者になってしまったことは、小山君から聞いたらしく、知っていてね。いきなり知らない男から、ワケの解らない物が送られてきて、怖がっているかもしれないから、先生、連絡してみてくれないかと今朝になって連絡があってね。山内君は今、スイスにいるらしくて...冬真君は大丈夫だっただろうか?』
「すみません。実は...すっかり怯え切ってしまっていて...かなり不安定になっていました。でも、土屋さんのお話を伝えれば安心すると思います。」
『そうか...本当に悪いことをしたね。山内君は子供の頃から写真一筋の良いヤツなんだけど、おっちょこちょいなところがあってね...』
「あっ...そう言えば...土屋さんと初めてお会いした日...小山さんがもう一人、冬真の住所を知らせたい人がいるって言ってましたよね?それって、山内さんのことだったんでしょうか?」
『冬真君の住所を知っていたから、恐らくそうだと思う。』
「だったら、親父さん...光彦さんと親しい間柄だったんでしょうから、そのことだけでも冬真、安心すると思います。」
『本当にすまなかったね...山内君には、私からたっぷりお灸を据えておくからね。冬真君には、私からも謝っていたと伝えてください。』
「分かりました。わざわざありがとうございます。」
土屋さんに別れの挨拶をし、通話を切ると、冬真に事情を説明した。冬真は安心したように、『ホッ』と息をつき、俺はすぐさまリビングのカーテンを開け、窓を全開にした。頬に当たる風が心地良かった。
その後、冬真を膝に乗せ、パソコンの前に座り、二人でSDカードを中身を確認した。中には大量の画像が入っていて、全てが里中家の一番幸せだった頃の画像だった。土屋さんの話では、山内さんは子供の頃から写真が趣味だったそうだから、学生時代に撮った写真のフィルムをこうしてSDカードに保存してくれたのだろう。山内さんが実家で整理したい物とは、恐らくこれのことだったんだろう。
画像のほとんどは、里中家の日常を撮ったものらしく、学習塾や当時住んでいた家、ハイキングに出掛けたと思われる公園の様な場所で撮った物など、様々な場所で撮られていたが、どの画像も自然で、息遣いを感じられる、素敵な画像ばかりだった。
「親父さん...幸せそうだな。どの画像も笑顔ばかりでさ。」
俺の言葉に頷いた冬真が、一枚の画像で手を止める。その画像は、大泣きしている赤ちゃんを、苦笑いで抱っこしている親父さんの画像だった。この赤ちゃんはきっと冬真だ。どことなく面影が残ってる。そして、その次の画像は、泣きやんだ赤ちゃんの頬に、親父さんが優しくキスをしている画像だった。穏やかな表情の親父さんが、いかにこの赤ちゃんを愛しているかが伝わる、本当に素敵な画像だった。
冬真が一筋、涙を流した。
「良い画像だな。なぁ?明日、フォトフレーム買いに行かない?この画像、写真にして、そこのチェストの上に飾ろうよ。」
冬真からは何の返事もなかった。ただ、無言でコツンと自身の頭を俺の肩口に寄せた。
だから俺も...無言で冬真を抱きしめた。
空を見ながら眠ってしまった冬真を起こすか否か、悩む自分に言い聞かせる様に俺は呟く。
「まぁ...フォトフレームは明日でもいいか...せっかく穏やかな時間が返って来たんだから...」
冬真の頭を数回撫で、冬真に掛けてやったブランケットにもぞもぞと潜り込むと、その場の暖かさに俺も、うとうとし、あっと言う間に心地よい眠りに就いた。
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