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温泉旅行 #4 side R ~Reiko Fujioka~

見ていてね...何となく思ったの。 『この子…海野君は…ツラくなったりしないのかしら?投げ出したくならないのかしら?』 って...... 常に笑顔で冬真君のお世話をして、自分のことは全て二の次、何があっても冬真君が最優先で、食事も少し冷めた物を慌てて食べる... こんな生活...365日、一年中しているの?家族でもないのに... 不憫に思えて仕方がなかった。ここにいる間だけでも、寛いでもらいたい.。自分のメンテナンスもしてもらいたい。心からそう思ったの。 だから... 「海野さん。」 温泉から出て、休憩所にいる二人に私は声を掛けた。 「はい。」 「ちょっと...お話があるのですが...」 「分かりました。海で随分遊んで来たから、もう少ししたら眠ると思うので、冬真が寝たらフロントまで伺います。」 屈託のない笑顔で、彼は言った。 20分ほど経った頃、彼はフロントに現れた。 「寝たの?」 「ええ。冬真...初めて海に入ったんです。緊張もしてたみたいだし、少し疲れたんじゃないかな。とても楽しかったみたいで、なかなか上がりたがらなくて…体質なんだろうけど、体が冷えやすいんです。本当はもう少し遊ばせたかったんですけどね...」 彼は微笑みながら、躍動感溢れる漆黒の瞳をこちらに向けた。 「ところで、お話って?」 「あのね。ここから10分ほど歩いたところに、とても美味しい料理を出してくれるお店があるの。予約しておくから、お昼ご飯、良かったらそこでゆっくり食べてらっしゃい。」 「いや...でも......」 「大丈夫。冬真君は私達で面倒みるから。海野さん...あなた毎日、冬真君のお世話をしているのでしょ?ここにいる間、一瞬でも冬真君のお世話を忘れて、あなたに寛いでもらいたいと思ってるの。だから...」 「お気遣いありがとうございます。でも...俺ってそんなに悲愴感漂ってますか?大丈夫です。俺一人で冬真の世話をしているワケではありませんから。俺の両親も近所に住んでますし、冬真の叔母さん夫妻もいます。里中先生の大学の同級生だった方も少し離れた所にいらして、条件が合えばすぐ駆けつけてくれます。それに...こちらに着いてから、随分と楽させてもらってます。特に食事は冬真が食べやすい様にたくさんの工夫がなされていて...小さく切るだけじゃなくて、食べやすい様に隠し包丁が入っていたり、のど越しが良い様に工夫されていたり、こうすれば、冬真も誰に負い目を感じることなく、食事を楽しめるんだって勉強になりました。ありがとうございます。」 「でも......」 「女将さんのお気遣いは本当に嬉しいです。感謝しています。女将さんのオススメのお店だから、とても美味しいんだろうな。だけど俺達、一緒にいられる時は、なるべく一緒に時間を過ごすようにしているんです。冬真が教えてくれたんです。事件に遭遇してしまった時、死を覚悟して、遠退く意識の中で、最後に俺に一目会いたかったなと思ったそうです。その気持ちだけでエマージェンシーコールのボタン押したって。今こうして、時間を共に過ごせることは本当に幸せなことです。だから...決めたんです。冬真が『もういい』って言うまで、出来る限り一緒に時間を過ごそうって。楽しいこと、嬉しいことなら、尚更一緒じゃないとダメというか...つまらないというか...意味がないというか...せっかくの素敵なお誘いですけど、どんなに美味しい物も食べても、一緒だったらなぁ...って強く思い過ぎてしまって、食を楽しむどころじゃなくなってしまうと思うんです。」 はにかむ様に彼は言う。 「冬真はちょっと前まで、本当に何も出来ませんでした。唯一出来たのは、瞬きをすることで肯定の意を知らせるぐらい。体を動かしたり、声を出そうとすると、事件に遭遇した時のこと思い出しちゃうみたいで...でも、今は少し歩けるし、ほとんど囁きだけどたまに話したり、幼児向けの知育玩具のタブレットで、言いたいことを伝えてきたり...大の大人があんな玩具、持ち歩いておかしいと思いますよね?でも、冬真の指先の力では、あれを押すのが精一杯なんです。それでも、タブレットが押せるようになるまで、かなり努力しました。まだまだ出来ないことも多くて、未だに食事も一人では満足に出来ないし、話が長くになると、その会話が途中から音にしか聞こえなくなっちゃうし…でも、よく笑うようになりました。諦めることで自らを奮い立たせ、悲しみや苦しみ以外の感情を知らずに生きていた冬真からは信じられないぐらいに。冬真は確実に前に進んでいて、生きようとしています。そばで見守る事が出来て、俺...本当に嬉しいんです。そのことが俺にとっての最高の癒しになっているんだと思います。何か上手く説明出来ないんですけど...気持ち悪く聞こえたらすみません。」 「ううん。大丈夫よ。海野さんって...本当に友達思いの良い人なんですね。冬真君はそんな親友がそばにいてくれて幸せね。」 「どうかな...俺...良い人なんかじゃないです。冬真にとって、そんなこと言われたらショックだろうなってこと、最近、よく考える様になりました。払拭しようと何度も何度も試みるんだけど、それがなかなか出来なくて...」 「例えば...どんなこと?」 「事件に遭遇する前、家事は在宅で仕事をする冬真が、ほとんどしてくれました。特に料理が本当に上手で...その手料理をまた食べたいなぁって、最近考えるようになっちゃって...でも...タブレットを押すだけの力しかないのに、料理なんて絶対無理でしょ?こんなこと言ったら、悲しむだけだし...」 「何が得意だったの?」 「何でも美味しかったけど、冬真が作る鶏の唐揚げが、俺の一番の大好物で...会社から帰宅して、夕食が鶏の唐揚げだと、俺...すごく嬉しくて...摘まみ食いばかりして、いつも怒られてました。お恥ずかしい話です...」 「そう..ねぇ?冬真君の唐揚げには敵わないけど、この後、どこにも行く予定がなかったら、昼食にうちのまかない食べない?本来はお客様に出すような物じゃないけど...冬真君に出す食事の参考になるかもしれないじゃない?それに、あの板長の弟子が作るから、美味しいと思うわよ!」 「良いんですか?」 「ええ。冬真君が起きたら、ダイニングにいらっしゃいな。それと、冬真君ともお話したいから昼食後、彼に残ってもらっても大丈夫かしら?」 「はい。大丈夫だと思います。起きたら、必ず伝えます。」 一旦、海野君と別れ、昼食にまかないの鯛茶漬けを二人に出した。お客様にはお出し出来ないようなお刺身の切れ端で作った鯛茶漬けだけど、二人は喜んで食した。昼食後、冬真君だけ残ってもらい、私は冬真君と話をし、ある提案をした。冬真君はとても嬉しそうに快諾した。 夕食30分前、約束通り冬真君は一人でダイニングに現れた。その表情は興奮が抑えられない子供の様で、とても可愛らしく、思わず微笑んでしまう。 夕食時、一人ダイニングに現れた海野君は、先に行ったはずの冬真君の姿が見当たらず、席に着いてもどこかソワソワしていた。今がチャンスとばかり、私は冬真君の車イスを押す。 「お待たせしました。」 私の声に海野君は振り返った。テーブルの前に車イスを止め、私は続けて言う。 「お待たせしました。ご所望の鶏の唐揚げでございます。当旅館の臨時板前の自慢一品でございます。三年ぶりに作りましたので、味の方は少々自信がないそうですが、きっと海野様がずっと求めていた味かと思いますよ。」 冬真君の代わりに唐揚げの乗ったお皿を差し出した。冬真君は笑顔だった。とても美しい笑顔に、思わず見とれてしまいそうだ。それに反して、海野君は今にも泣きそうな表情だった。 「さぁ、お熱いうちに召し上がれ!当館自慢のお料理は鶏の唐揚げだけではありませんよ。他の料理も堪能してくださいね!」 配膳係の鈴木さんがテーブルに来ると、私は二人に頭を下げ、席から離れた。

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