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Evergreen #2 side Y
山内さんのお姉さんが女将をしている旅館を辞してから、約ひと月が経過した。
別れ際、女将さんは足湯をする冬真のために湯の花を、板長さんは冬真が好んで食した自家製干物をたくさん持たせてくれた。二人に感謝の意を述べ、再会を約束し、帰宅の途に着いた。旅館から帰って変わったことは、リビングのチェストの上に、親父さんの写真と海で拾った白い貝殻が飾られたことと、冬真の滑舌が格段に良くなったことだった。まだまだ話すことは少ないものの、今は誰が聞いても、冬真が何を言っているのか、ほぼ解るほどになっていた。これには担当医も感嘆の言葉しか出てこない様だった。
あの時...奇蹟の夜に冬真が口にした
『長い間...我慢させて...ごめんね...』
という言葉も幻聴ではなかったと思う。
きっと...奇蹟の連鎖が起こったのだ。
その切っ掛けは、やはりチェストに飾られた親父さんの写真だと思った。泣き止んだ冬真の頬に、親父さんが優しくキスをする写真。山内さんが送ってくれた最も幸せだった頃の里中家の日常風景。趣味でシャッターを押し続けた子供の、作品とも呼べない写真の数々が、親の愛情を知らない冬真にとって、自分が愛されていたという確証になるには充分で...冬真の中で唯一、真冬のままだった両親との関係に、少しだけ光が差し込んだのかもしれない。
俺は親父さんに感謝をし、毎日、親父さんに図書館からランダムに借りた本を供えた。冬真はいつもそれを不思議そうに見ていた。
「なん...で...?」
「ああ...本?本当は線香とか供えたいところなんだけど、うちは不在がちだから、線香は何かあったら困るし...それに西田さんが言ってただろ?親父さんは本が大好きで、大学の至るところで読書している姿を見掛けたって。だから、本を供えるのが一番の供養かなって思ってさ。だけど、ジャンルの好き嫌いはあるよな...今度、西田さんにどんな本を読んでいたか聞いてから借りようかな。本当は買った本を供えてあげた方がいいんだろうけどね。」
「ぅうん...とうさん...たくさん...よみたい...おもう...ようすけ...ありがたぃ...おもってぅ...」
冬真は穏やかな表情で、ぽつりぽつりと言った。
そして...10日前...
Cafe『Evergreen』は、オープンの日を迎えた。
管理事務所の一角の空いているスペースを間借りしてオープンしたEvergreen は、木目と白を基調としたとても明るい内装で、壁には冬真が手掛けた絵画や絵本のうち、緑や草花を描いたもの何点か飾った。これを見た冬真は、とても驚き、目を潤ませて言う。
「どぅし...て...?」
「以前、冬真が契約していた出版社にお願いして譲ってもらったんだよ。まぁ...絵の方は本物じゃないけどね...店の雰囲気にピッタリだろ?これだけは絶対やりたくてさ...業者さんに一番にお願いしたの。俺...冬真の作品、大好きだから…大好きなものに囲まれて仕事したいなって思ったから…」
そう言うと、冬真は恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んだ。その可愛らしい仕草に、俺はますますメロメロだ。
管理事務所の一角にあるものの、別荘地の外のロータリーの近くにあるEvergreenは、必然的にバスの待合所の役目も兼ねる様になっていた。なので、別荘地の人だけではなく、バスの運転手さんや街の皆さんも利用してくれた。そのせいか『美味しいコーヒーを出す店』という噂が口コミで広がり、ありがたいことにEvergreenは、オフシーズンの今もかなり繁盛していた。
そんなEvergreenに奇妙な客が現れたのは......
三日前のことだった......
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