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奇妙な客 #2 side Y

その人は次の日も、閉店間際にやって来て、コーヒーを一杯だけ注文し、雑談をし、充分過ぎる金額を支払い帰って行った。ここに来た目的は、何度尋ねても店と俺の偵察だと言う。 そして...今日もまた閉店間際にやって来た。 「いらっしゃいませ。」 「やぁ!マスター!今日も偵察にやって来たよ!」 昨日、一昨日とは別の三つ揃いのスーツを纏い、白髪混じりの彼の重厚な出で立ちとは不釣り合いなほど、屈託のない可愛い笑顔を見せながら言う。 「こんな田舎の小さなカフェの、まだまだ青二才の私なんかを偵察したところで、あなたの様な立派な方の有益にはならないと思うのですが...」 「どうして私が立派だと思うの?」 「お召しになっているもの、立ち振舞い、気品を感じます。そんな方がここで『偵察』と称し、私をからかう理由が何なのか...それがイマイチ理解出来ません。」 「果たしてどうかな?私は偵察で来てはいるけど、今では君と話をするのが楽しみなんだよ。」 「ありがとうございます。せっかくいらして頂いたのに、大変申し上げにくいのですが、今日はもう店じまいするんです。ですが、しばらくの間でしたら、雑談もお付き合い出来ます。勝手を言いまして、申し訳ありません。」 「えっ?どうしたの?」 「家族の...体調が悪いんです...」 「えっ?大丈夫なの?私のことなんてどうでもいいから、もう店じまいしてしまえよ。」 男性は急に慌て出した。 「ありがとうございます。でも...さっき連絡があったばかりなので、帰って来るまでにまだ時間があります。せっかくいらしてくださったんですから、一杯飲んでいってください。あなたがお見えになるかもと思って、準備だけはしておいたんです。もちろんお代は結構ですから。」 「本当に...大丈夫?」 「ええ。何がどうこうってワケではないんです。ただ、ここのところ、顔色が優れなくて...今は微熱があるみたいです。私の話で恐縮ですが、ここ数週間で、環境がかなり変わりました。私の家族は私とは違って、とても繊細な人間なので、環境の変化に戸惑っているんだと思います。だから、今日はなるべく一緒にいて、安心させてやろうと思って...」 「なかなか大変なんだ...マスターも。」 「いいえ。全然...」 「失礼な事聞いちゃうけど、マスターのご家族...働いてるの?そんなに繊細なら働くの無理だろ?」 「......」 「あっ、すまない...」 「いえ...元々持病があるんですけど...それでも在宅で働いていました。でも...三年前、事故に遭遇しまして...体が少し不自由になりました。それからは働いてません。でも...ずっとリハビリに通っていて、出来ることもだいぶ増えたんです。スゴく頑張り屋さんなんで...」 「下世話な話だけど...生活費どうなってるの?大丈夫なの?」 「二人とも贅沢はしないほうなので、俺の稼ぎで充分なんです。サラリーマン辞めて間もない頃は、貯金を崩したり、退職金の一部を使ったりしましたけどね。」 「そんな......」 「彼の貯金もあるのでしょうけど...全く知りませんし...知っていたとしても...使うつもりもありません。」 「何故?」 「なるべくそんなことがないように頑張るつもりですが...私が先に天に召された時、一人になってしまうんです。身寄りは数えるほどしかいなくて、その方々も優しい、本当に良い方ばかりなんですけど...トラウマ等もあって...本人が心穏やかに過ごすことが出来ないんです。私の両親もそばにいますけど、順番的なこと考えると...だから...彼のお金は、私がいなくなった時に使うべきものだと思うんです。」 「そっか......」 「すみません...お客様にこんな話。なんでこんな話したんでしょう。でも...お客様はどうしてか初めて会った気がしないし...お許しください。」 「いや......マスターの人となりが分かって良かった!良い結果が報告出来そうで安心したよ!」 「えっ?」 「コーヒーご馳走様...」 その人がカップを差し出した時、店のドアが開き、冬真と親父が入って来た。俺は親父に支えながら歩く冬真の元へ駆け寄った。 「冬真!どうしたの?」 「悪い...葉祐。どうしても葉祐と帰りたいって...きかなくて...」 親父が困り果てた顔で言う。 「今日は早く帰るから、先に帰っててって言ったろ?」 「で...も...」 「父さん!車にブランケット入っているから、取ってきてもらってもいい?」 「分かった!」 親父が出ていくと、あの奇妙な客は立ち上がり、おもむろにジャケットを脱ぐと、冬真の体にフワリと掛けた。 「ありがとうございます。助かります。」 俺の言葉にその客は、静かに首を左右に振った。そして...冬真の頬に手を添えながら言う。 「久しぶりだね...冬真...大丈夫かい...?」 驚いてその客を見ると、その客は穏やかな表情で冬真を見つめていた。熱で朦朧とする意識の中、それでも冬真は、 「ひろ...ゆ...き...おじ...さ...ま...?」 そう言って力なく微笑み、瞳を閉じた。

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