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冬真の過去 #3 side Y
あの奇妙な客は冬真の祖父、岩崎英輔氏の次男、岩崎広行氏だった。広行氏は冬真の伯父に当たる。俺は広行氏を自宅に招いた。そして、冬真をベッドに横たえさせると、広行氏が待つリビングへと向かう。
「ここまではお車ですか?」
「ああ。」
「運転はご自身で?」
「いや。」
「だったら...少し飲みませんか?」
「でも...」
「俺を偵察しに来たのでしょ?チャンスですよ?」
「あははは...面白い男だね。君も。」
「可能であれば泊まっていってください。」
「それは...さすがに...」
「岩崎さんも見たでしょ?あの冬真の嬉しそうな顔。冬真が目を覚ました時、あなたがいなかったら、ガッカリすると思うんです。大したもてなしは出来ませんけど...」
「分かった。秘書と運転手には帰るように言おう。」
広行氏が連絡を入れている間に、酒のつまみと冬真のお粥の準備をした。広行氏が席に戻ると、俺はスパークリングワインをグラスに注ぎ、差し出した。
「しかし...冬真のあんな姿...初めて見たよ。」
「えっ?」
「いや...冬真と君の父上が店に入って来た時、父上が『冬真が引かない』みたいなことおっしゃって、困っておられただろう?冬真がわがままを言う......そんなこと...冬真でもするんだな。人間だから当たり前なんだけど...今まで見たことないから......」
「普段もあまり言いません。珍しいですね...今日みたいなのは...」
「でも...言った。.良かったなぁ...周りにわがままを言える人がいて。冬真は小さな時から可哀想なぐらい良い子だったからね。冬真がこの別荘に引っ越してからすぐに、私の父が家族全員、冬真の見舞いに行くように言ったんだ。父にしてみれば、冬真を元気付けようとしたのだろうけど、冬真にとってみたら...ツラかっただろうな...」
「どうしてですか?」
「兄貴の子供達も私の子供達も、冬真と似たり寄ったりの年令でね。そんな子供達が目の前で走り回ったり、親に甘えたりするんだ。きっと惨めな気持ちになっただろう。でも...あの子はそんなことは決して言わない。ある時、子供達が庭でバドミントンをしていたんだ。そしたら、冬真はリビングの窓辺からそれをじっと見てて...それから目を閉じて...楽しそうに笑ってるんだって...」
「あっ、空想......」
「そうなんだ。空想の中では冬真は何の制約もない自由の身なんだ。私の妻が見かねて、『冬真君も私とやってみる?椅子に座って、少しだけなら大丈夫だから...』って声を掛けた。でも...冬真はそれを断った。理由は教えてくれなかったけど...もしも、倒れでもしたら、申し訳ないと考えたんだろうね。妻からそんな話を聞いて、私は冬真を不憫に思ってね...冬真を誘ってトランプを始めたんだ。二人でやるのはどうなんだろうって思う『ババ抜き』や『7並べ』、ふたりでも充分楽しめる『神経衰弱』色々やったよ。冬真は声をあげて喜んでね。私がわざとズルいことをするとね『伯父様、ズルした』って珍しく怒ってね。私にとっても楽しい時間だった。でも、やっぱり...邪魔は入るんだよ。私の娘がね...それを見て『冬真君ばかりパパを独り占めしてズルい』って泣き出したんだ。そしたら...『僕ばかりごめんね...』って娘に謝ってね。私には『少し疲れたので部屋で休みます。伯父様、遊んでくださってありがとうございます。』と礼を述べて部屋を出て行ったんだ。一番年下の冬真の寂しげだけど、精一杯の笑顔を見て『みんなでやれば良いじゃないか。』って言えなくなってしまったんだ。少し時間が経ってから、冬真の様子を見に行くとね、冬真は本当に眠っていた。だけど...涙を流した跡があったよ...」
「バカだなぁ......だけど...冬真らしい。他人を傷付けまいとして、自分を傷付ける...」
「そうだね...だから私はそれ以来、見舞いに行く時は、二人で遊べる物をお土産に持参するようにしたんだ。囲碁、将棋、チェス、オセロ...これなら、私が帰った後でも、詰め将棋の様に一人でも遊べるからね。まぁ、実際そうしていたんだろう。その年に持参したものを教えるだろう?でも、次の年になると、そのゲーム...私は冬真に勝てないんだよ。君の言うとおり、冬真は努力家だからね。父が体調を崩してから、こちらに一族で来ることはなくなったけど...冬真は一人ゲームをしたのかな...本当に可哀想なことばかりしたよ...」
そこまで話すと、広行氏はシャンパングラスを一気に煽った。
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