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冬真の過去 #4 side Y
当時の寂しげな様子を思い出したのか、それとも、冬真が一人、ゲームに興じる姿が脳裏に浮かび、あまりの切なさに堪えきれなくなったのか、広行氏はスパークリングワインを一気に飲み干した。
「あの時も...何の力にもなってやれなかったな...」
「あの時って?」
「高校生の時。」
「生死をさまようぐらい、長く入院したっていう?」
「ああ...あの時も...ろくに見舞いにも行ってやれなかった。ちょうど父の具合もかなり悪くなっていた時期でね。会社だけで手一杯だった。冬真の成人式を終えて間もなく、孫全員の成人を見送るように父が亡くなって...遺言状通り、冬真には大学を卒業するまでの生活費と治療代と称する現金と、不動産が何軒か与えられた。不動産を所有したところで、冬真に上手く扱えるワケがない。だから所有した不動産のうち、ここ以外の物件を賃貸にすることにして、不動産で収入を得ることが出来るようにしたんだ。まぁ、仲介業者を私の会社にすれば、手を煩わせることなく、冬真は収入を得られるからね。それで何年も上手くいってたんだ。ところが最近になって、冬真がこの別荘地にある花壇の近くの物件の方を、永久に空き家にして欲しいと言い出した。おかしいとは思ったが、冬真にも思うところがあって、そうしたのかもしれないと考えた。しかし、いつまで経ってもリフォームの依頼がない。会社の人間に調べさせると、すでにリフォーム済みで、冬真が下請けの会社に直接依頼したという。しかも、いつもより大規模なリフォーム。兄は不審に思い、管理事務所の真鍋君に連絡をし、冬真の近況を聞いたんだ。真鍋君はここの古株で、昔から冬真の面倒をよくみてくれたからね。その時に、冬真は小学生の時の友達と暮らしていて、その両親が花壇の家に住んでいることを初めて聞かされたんだ。兄は冬真がその友達一家に騙されているのではないかと考えた。冬真は世間知らずだからね。でも、私はあることを思い出した。子供の頃、次のお土産のリサーチのために『冬真はどんな時が幸せ?』って聞いたことを...」
「冬真は...何て答えたんですか?」
「何も。ただ俯いて黙ってるだけ。可哀想な質問だった。今は楽しいと思えることが何もないんだなって思った。だから質問を変えた。『冬真はどんな時が幸せだった?』って。そうしたら、今度は目を輝かせて『葉祐君が毎日お見舞いに来てくれた時が、一番幸せだった』って言ったんだ。冬真は嬉しそうに、葉祐君のことをたくさん教えてくれたよ。優しくて、元気で、瞳の色が綺麗な黒で、漫画に詳しい男の子。何も知らない冬真に、何でも優しく教えてくれる物知り博士。プラモデルも一緒に作ってくれる。だけど、貸してくれた漫画の3冊のうち、2巻だけを忘れてきちゃう慌てん坊さんなんだよって。」
「あははは...そんなことあったなぁ...懐かしい...」
「もしかしたら...冬真が今、一緒に住んでいるのは、あの葉祐君かもしれない。私はそう考えた。だから、兄に自分の目で様子を確かめて来ると伝えたんだ。」
「そうでしたか...偵察というのは、あながち嘘ではなかったのですね?」
「まぁね。手始めにまず、真鍋君と会った。冬真と一緒に暮らしている友達の素性を聞くためにね。その友達は、やっぱりあの時の葉祐君だった。真鍋君は君がここに現れた日のことから、順を追って、丁寧に教えてくれたよ。冬真の心身を気遣って、会社に異動願を出してまで、ここに来て暮らすようになったこと。葉祐君が訪ねて来るようになってから、冬真は元気になっていったこと。父上のご退職を機に、葉祐君のご両親が花壇のそばに引っ越して来たこと。葉祐君のご両親から、冬真は実の子のように可愛がられていること。二人は兄弟の様に仲睦まじく、いつも楽しそうだったこと。それから...そんな矢先...冬真が事件に遭遇してしまったこと...体が不自由になったこと。冬真のために君が会社を辞めたこと。自分を否定し続ける冬真を、君が根気よく支え続けたこと。今ではリハビリの他に、ボランティアにも参加していること。少し前に温泉に出掛けて、それ以来、信じられないぐらい回復したこと。お土産を渡しに、家から事務所まで歩いて来たって驚いていたよ。ちょっと前の冬真だったら、絶対無理だったって。今の冬真があるのは、全て君のおかげだと。君には本当に感謝している。感謝の言葉を言い尽くせないぐらいにね。事件のことは...こちらに来て初めて知ったんだ。兄も絶句していたよ...私達は伯父失格だな。何も力になってやれず、君ばかりに負担を掛けた。そればかりか、私達は君の人生を台無しにしてしまった。君や君のご両親にも夢があっただろうに...君に十字架を背負わせてしまった我々は、君と君のご両親にどうお詫びしたらよいのか...君をそろそろ解放してやりたい…これは本心だよ。でも...君を失った冬真は、恐らく自身の心を壊すか、閉ざすかのどちらかだろう。そう考えると、どうか...いつまでもこのままでと考えてしまうんだ。結局、我々は強欲なんだよ...自分達のことしか考えていない...冬真の伯父という立場の前に、人としても失格なんだよ...」
広行氏は、またグラスを煽った。
「はたして...本当にそうなのでしょうか?」
「えっ?」
広行氏は、酷く驚いた顔で俺を見つめた。
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